軍 隊 —通行する軍隊の印象
萩 原 朔 太 郎(近代詩人 1886年 群馬県前橋市生まれ)
この重量のある機械は
地面をどつしりと圧へつける
地面は強く踏みつけられ
反動し
濛濛(もうもう)とする埃(ほこり)をたてる。
この日中を通つてゐる
巨重の逞(たくま)しい機械をみよ
黝鉄(くろがね)の油ぎつた
ものすごい頑固な巨体だ
地面をどつしりと圧へつける
巨きな集団の動力機械だ。
づしり、づしり、ばたり、ばたり
ざつく、ざつく、ざつく、ざつく。
この兇逞(きょうてい)な機械の行くところ
どこでも風景は褪色(たいしょく)し
黄色くなり
日は空に沈鬱して
意志は重たく圧倒される。
づしり、づしり、ばたり、ばたり
お一、二、お一、二。
お この重圧する
おほきなまつ黒の集団
浪の押しかへしてくるやうに
重油の濁つた流れの中を
熱した銃身の列が通る
無数の疲れた顔が通る。
ざつく、ざつく、ざつく、ざつく
お一、二、お一、二。
暗澹(あんたん)とした空の下を
重たい鋼鉄の機械が通る
無数の拡大した瞳孔(ひとみ)が通る
それらの瞳孔(ひとみ)は熱にひらいて
黄色い風景の恐怖のかげに
空しく力なく彷徨する。
疲労し
困憊(ぱい)し
幻惑する。
お一、二、お一、二
歩調取れえ!
お このおびただしい瞳孔(どうこう)
埃の低迷する道路の上に
かれらは憂鬱の日ざしをみる
ま白い幻像の市街をみる
感情の暗く幽因された。
づしり、づしり、づたり、づたり
ざっく、ざっく、ざっく、ざっく。
いま日中を通行する
黝鉄の凄(すご)く油ぎつた
巨重の逞(たくま)しい機械をみよ
この兇逞(きょうてい)な機械の踏み行くところ
どこでも風景は褪色(たいしょく)し
空気は黄ばみ
意志は重たく圧倒される。
づしり、づしり、づたり、づたり
づしり、どたり、ばたり、ばたり。
お一、二、お一、二。
出典:河上徹太郎編『萩原朔太郎詩集』新潮文庫、1993年3月、105-108頁。()内はルビ。
引用です。
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