4. 痛みを伴う「改革」とはー不良債権処理の国際比較ー
はじめに
株価や地価の下落傾向が続いています。不況も深刻さを増してきました。すると、マスメディアに登場するのは、税金などの公的資金を使ってでも、さっさと金融機関の不良債権を処理しよう、といった論調です。
この10年来続いてきたこうした論調に欠落しているのは、そうした政策の帰結やいかん、つまり国民や消費者の利益はどうなるのかについての具体的な回答が用意されているとはいないことです。
仮に市場原理や民営化の徹底を主張するなら、困ったときの税金依存や日銀依存といったルール違反をやらないで、まず市場のルールを守り、市場原理の限界を認めた上で、どうするかのテーブルにつき、そこから対策のグランドデザインを議論しましょう。
不良債権はなぜ発生したのか
銀行の貸したお金(債権)が返ってこない(不良化)、といった事態は、どうして生じたのでしょうか。
それは、・まず、銀行が、目先の儲け(高い貸付利子)を追い求めて、80年代のバブルの時代に、不動産業や建設業を中心に、土地・不動産といった値上り益の期待される資産の購入代金を貸し与えたからです。その結果、土地・不動産バブルの膨張が引き起こされました。
・企業や投資家も、株式や土地・不動産などの資産価格が膨張するあいだは、銀行から借りた金で各種の資産を買いまくり、高くなったら売りさばくという金 融寄生的やり方によって、莫大な売却益を稼ぎだすことができました。もちろん、銀行からの借入金も、この売却益の一部で完済できましたから、銀行にとって も、バブルの膨張している間は、不良債権が発生することはありませんでした。
・ところが、バブルが破裂すると、それまで値上がり期待をもって購入していた土地・不動産・証券の価格が暴落したことから、それらを売却したら売却益ど ころか、むしろ売却損を計上するようになります。銀行からは借入金の返済を迫られるが、手持ち資産を売るに売れず、やがては経営の悪化ないし倒産にまで追 い込まれてしまいます。
・その結果、銀行は、貸付金の利子や元本を回収できず、帳簿(貸借対照表・バランスシート)の上で、不良債権として記帳されます。こうなると、銀行は、 それぞれの不良債権ごとに貸倒引当金を積むことになり、銀行にとっては、それだけ損失が拡大して、自己資本が減り、自己資本比率が低下します。自己資本比 率が低下すると、経営的に望ましくない銀行という評価を受け、ビジネスに悪影響を受けることになります。そんなわけで、銀行にとっては、不良債権を帳簿か らなくしてしまいたいわけです。
不良債権になった貸付金は、その元をたどれば、預金に行き着きます。銀行は、預金を受け入れ、それを貸し付けているからです。個人などが銀行に預け入れ た預金が、正常な経済活動のために貢献することなく、不良債権として銀行のバランスシートの中に沈殿していることになります。
不良債権は、いまでも増えています。それは、不況が長引き、株価が低水準になると、経営が悪化し、銀行から借りたお金(利子および元本)を返せなくなる 企業が出現するからです。銀行自身も株価に振り回される脆弱な企業経営のあり方は、企業・金融機関の間で相互に株式を持ち合い、排他的・独占的な企業集団 や系列を形成してきた戦後日本の企業社会の構造的な帰結でもあります。
不良債権処理と痛みを伴う「改革」
銀行のバランスシート(貸借対照表)の資産項目から不良債権をなくすことが不良債権の最終処理ということになります。そのやり方は三通りで す。この4月からの政府の緊急経済対策は、不良債権を2~3年で銀行の帳簿から完全に消去することを義務づけました。そんな経過もあって、いま大手銀行 は、大慌てで不良債権の処理をはじめています。
まず・不良債権を第三者に売却する処理方法では、アメリカを中心にした外国資本に二束三文で買いたたかれている現状です。
たとえば、97 年以降に外国の証券会社や投資会社が購入した不良債権額(その大半は大手金融機関保有の不良債権)は、ほぼ30兆円に達しました。この実際の取引価格は9 割引のようですから、外国資本は、30兆円の不良債権を、わずか3兆円で購入したことになります(『日本経済新聞』2001年6月19日)。何とも気前よ く値引きしたものですが、そのようにして被る損失を穴埋めするために、公的資金の一部が使用されるわけですから、預金者や国民へのしわ寄せとなります。
・債権放棄、つまり貸出先企業からの借金の棒引きに応じる処理方法では、青木建設などのゼネコンに対する債権を大手銀行が協力して放棄したやり方があります。
これによって大きく目減りする銀行の自己資本ですが、目減り分は、公的資金を注入することで穴埋めされます。
このやり方は、結果的には、公的資金、つまり国民の税金でバブル膨張の一端を担ったゼネコンを救済することになります。
・貸出先の企業を合法的に倒産に追い込み、工場や土地を売ったお金で債権を回収するというやり方は、企業倒産を加速させます。とくに、倒産に追い込まれる企業は、ゼネコンなどの大手企業ではなく、中小企業です。
たとえば、機械工作メーカー池貝は、民事再生法適用を申請し、550人の従業員全員に解雇予告をしました。工場や土地を売って債権や退職金の原資にするわ けですが、これによって、担保権を持つ銀行は、百数十億円の債権をほぼ回収できるようです。現場では、「再生とは名ばかり、銀行の債権回収が目的ではない か」(『朝日新聞』2001年5月6日)との声があがっています。
このような不良債権の最終処理によって発生する失業者数については、民間のシ ンクタンクや政府が予測をたてていますが、それは建設、不動産、卸・小売りの三業種を中心に、50~130万人にも及ぶようです。大量失業者の排出が、 「痛みを伴う構造改革」の中身のようです。国内総生産(GDP)も、0.5~1.4%下がるようです。(『日本経済新聞』2001年5月8日)。
不良債権処理をめぐる国民負担の増大という点では、以下の諸点も注目されます。
・公定歩合は、史上空前の低水準にまで引き下げられ、それに連動して銀行の預金金利も下げられました。これによって個人部門は、先進国並の預金金利と比 較すれば、数十兆円の利子所得を銀行内部に移転しています。これは、銀行の業務純益となり、その一部が不良債権の処理に当てられてきました。
・日本銀行による特別融資(日銀特融)は、焦げ付かない保障はありません。もし焦げ付いたなら、日銀の一般会計への納付金が減りますので、その分、国民の税負担が強化されます。
・国民年金・厚生年金の積立金の一部が、株価を人為的に高水準にもっていこうとする株価維持策に動員されています。決算期になると、年金の積立金で、金 融機関や企業の保有する株式を買い取ってやることで、株式売却益を出してやり、銀行などは、この売却益で不良債権を処理してきました。
その後、株価が下落すると、逆に、年金積立金が株式で含み損(株を買い取った後値下がりし、売却すれば売却損が出る状態)を抱えることになり、現在では ほぼ2兆円の累積赤字を抱えています。そのしわ寄せが、現在の年金の保険料を値上げし、将来の年金給付を引き下げることにつながり、国民に負担を強いるこ とになります。
・すでに公的資金が銀行への資本金注入などで70兆円ほど動員されています。この公的資金は、国債発行などによって調達しても、 最終的には国民の税金で返済していくことになるので、資本注入をした金融機関や債務帳消しをしたゼネコンなどが倒産した場合、それは将来の国民負担の増大 となって帰ってきます。
アメリカの不良債権処理ー市場のルールと厳罰ー
たしかに,欧米においても,銀行の大規模破綻や金融システムの危機が表面化したとき,財政支出や中央銀行の融資が実施されました。
たとえば、アメリカでは,1980年代にS&L(貯蓄貸付組合)や一部の商業銀行の破綻が相次ぎました。そのとき、公的機関のRTC(整理信託公社) は,破綻した金融機関の清算を前提にした処理(預金の支払いなど)を行ない,90年代半ばまでに750ほどのS&Lを整理し,2500万口ほどの貯蓄口座 を保護しました。米議会は,RTCに対して738億ドルの財政支出を行ないました。ただ,連邦準備銀行からの融資はありませんでした。
金融破綻に直面して、財政資金を投入したアメリカの場合、注目されるのは、以下の対応です。
基本的には銀行の自己責任で金融破綻に対処しつつ、・RTCに独立した検察司法権があたえられ、銀行経営や取引実態についての情報を開示させ、金融犯罪に 厳罰で対処したことです。たとえば、起訴ー6405人、有罪ー5506人、投獄ー3793人、というように、一時期、監獄が金融関係者で満たされたようで す。
・破綻金融機関からRTCが接収した不動産(更地、住宅)は、評価額の七割、簿価の6割という安価で、低所得層向けに優先的に売却(10万7000戸の住宅供給)され、その損失分を投入された財政資金で補ったことです。
・つまり、財政資金の投入にあたっては、市場経済のルールを侵したものに対する厳罰と、低所得層への住宅・福祉政策の充実に役立てる、といった側面があったことに留意すべきです。
諸外国の公的資金の導入例は,「大口預金者,破綻金融機関の救済は,原則として行わない。これが,世界の常識である。」、(同右誌)と理解されています。
(e-mail : yamachan@edu.gunma-u.ac.jp) やまだ ひろふみ・群馬大学教育学部教授
『群馬評論』第88号、群馬評論社、2001年10月、掲載
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