31. 経済の軍事化と軍産複合体〜脅かされる暮らしと憲法〜(直近の論考は「Chapter11 戦争は経済と関係するのか?」山田博文著『99%のための経済学入門』大月書店、2013年刊、所収をご参照ください)
1 はじめに
近年、「武器輸出3原則の見直し」(日本経団連など)の主張が、メディアにしばしば登場するようになった。他方で、今年の夏も、各地で、核兵器の廃絶が宣言され、平和の誓いと集いがおこなわれている。
周知のように、日本国憲法第9条は、戦争や武力行使は永久に放棄し、かつ「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」、と宣言する。
戦車や戦闘機、武器弾薬などを生産する軍需産業は、国民生活に不可欠の消費財を生産するわけでもなく、企業活動に不可欠の生産財を生産するわけでもない。平時の経済社会における国民生活にとって、純粋に、無駄で浪費的な産業が軍需産業である。
軍需産業がもっとも繁栄するとき、多くの人々が殺傷され、建物や自然が破壊される。
戦時下、大量の武器弾薬が使用されればされるほど、それを生産する軍需産業は、政府の軍事予算から大量の発注を受け、ビジネスはいよいよ活況を 呈し、企業利益が拡大し、株価も上昇する。政府の軍事予算に支えられて、さらに高性能な武器の研究開発がおこなわれ、事業が拡張される。
戦後アメリカがたどってきた戦争と国防予算と軍需産業の歩みは、憲法第9条の対極の世界を示している。だが、そのアメリカの「核の傘」のもとに あり、全土に米軍基地を提供し、憲法第9条の見直しが議論されるわが国は、近年、「戦争なんてよその国のこと」とはいえないような時代に直面している。
ここでは、憲法解釈や歴史認識の問題としてではなく、現実的・経済的事実に注目することによって、現代日本の危険な軍事化の到達点を検証する。
2 進展する「武器輸出3原則」の見直し
メディアの伝えるところでは、いま、新政権の下で、大胆な「武器輸出3原則」の見直し、集団的自衛権の行使、自衛隊の海外派兵、などが議論されている。
たとえば、以下のようである。「政府の「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」(座長・佐藤茂雄京阪電鉄最高経営責任者)が菅直人首相 に提出する報告書案の全容が27日、分かった。武器輸出3原則の見直しを求めたほか、集団的自衛権の行使容認に向け、政府の憲法解釈変更を促した。自衛隊 を全国に均衡配備する基となってきた「基盤的防衛力」構想を否定し、離島などへの弾力的で実効性のある部隊配備の必要性を打ち出した。
報告書は8月上旬にも提出され、年内に民主党政権として初めて取りまとめる新たな「防衛計画の大綱」のたたき台となる。しかし、自民党政権下でも実現できなかった内容が多く含まれており、実際にどこまで反映されるかが焦点となる。
報告書案は、日本の武器輸出を禁じた武器輸出3原則について「国際共同開発・生産の道を開く」ことを目的に、「事実上の武器禁輸政策をできるだ け早く見直すことが必要」と訴えた。国連平和維持活動(PKO)参加5原則についても、「時代の流れに適応できない部分があり、修正について積極的に検討 すべきだ」と踏み込み、自衛隊の海外派遣を随時可能にする恒久法の制定を求めた。」(『時事ドットコム』2010年7月28日)。
政府の懇談会がこのような報告書を出す背景には、新政権の成立後、防衛大臣主催による日本の防衛産業トップとの意見交換会が開催され、すでに新政権は、防衛産業との新しい関係に踏み込んでいたからである。
それは、武器輸出3原則の見直しである。新聞(『日本経済新聞』2010年3月22日)の報道するところでは、「自衛隊機を民間転用」、「次期 哨戒機旅客用に輸出」、「防衛産業を活性化」といった見出しで、「政府は自衛隊が使う輸送機などの民間転用を進める方針を固めた。・・・民間機と仕様が変 わらないため、武器や武器技術の海外輸出を禁じる「武器輸出3原則」には抵触しないと政府は判断した。・・・財政事情などで防衛費は減少しており、輸出の 実現で防衛産業の活性化と技術レベルの維持を狙う。」。
防衛産業ならずとも、アメリカ・ウォール街発の「100年に1度」の世界恐慌で、ほとんどの産業が青息吐息の状態にあるが、政府は、防衛産業の活性化のために、武器輸出3原則を見直す方針を決めた。
わが国のおもな輸出産業は、自動車・家電であったが、これに加えて軍需産業も、高性能な日本製兵器を携え、海外市場に進出する道が開かれつつあ る。経済成長と企業利益を優先する日本社会は、少子高齢社会の到来にふさわしい福祉・環境・平和の分野で国内需要を喚起するよりも、国際兵器市場に参入す る危険な一歩を踏み出そうとしている。
3 世界の軍事費と日本の軍需産業
日本の防衛関係費は、2010年度の当初予算では、4兆7903億円であり、予算編成の「事業仕分け」によって削減されるどころか、対前年度比0.3%(162億円)増となり、一般会計歳出額の5.2%を占めた。
わが国の防衛関係費は、国内総生産(GDP)の1%以内に抑えられているとはいえ、アメリカに次ぐ「経済大国」日本の防衛関係費は、絶対額で見ると、世界でもトップ5に入っている(図表1参照)。
スウェーデンのストックホルム国際平和研究所の「2010年版年鑑」によれば、世界的な経済低迷にもかかわらず、2009年の世界の軍事費は、 前年比5.9%増の1兆5310億ドル(約140兆円)と記録的な水準だった。2000年と比べると、世界の軍事費は、49%も増加している。
国別の軍事費では、図表1とはデータが若干異なるが、アメリカが抜きん出て巨額であり、一国で世界の軍事費の半分弱の43%を占め、6610億 ドル(約60兆4000億円)だった。アメリカに次いで世界で2番目に軍事費が多かったのは中国で、ほぼ1000億ドル(約9兆1000億円)前後と見な されている。3位はフランスで、639億ドル(約5兆8300億円)だった。以後、僅差で、イギリス、ロシア、ドイツ、日本、とつづく。
イギリスのフィナンシアル・タイムズ紙(2010年6月11日)によれば、「ヨーロッパの航空宇宙産業と軍需産業は、ここ10年、自国市場で軍事費が低迷しているために、儲けになる海外との契約を推進している。」と報じている。
防衛関係費の内訳は、自衛隊員の人件費などの「人件・糧食費」が2兆850億円、火器・戦車・戦闘機・護衛艦などの装備品調達・修理・整備など「物件費」が2兆5975億円、などである。
防衛関係費のほぼ半分が物件費であり、火器・戦車・戦闘機・護衛艦などを生産し、販売する防衛産業に対して支払われる。図表2は、物件費の一部が、防衛産業各社にいくら支払われたかを示している。
みられるように、わが国を代表する重化学工業各社は、火器・戦車・戦闘機・護衛艦などを生産する主要な軍需企業でもある。大口の契約企業は、三 菱重工業2776億円、川崎重工業1306億円、三菱電機1177億円などであり、三菱グループの契約額がとくに大きい。これらの企業は、いずれも防衛省 から多数の「天下り」を受け入れている。例えば、三菱重工業39人、川崎重工業27人、三菱電機40人、などである(『週刊金曜日』編『三菱重工の正体』 2008年3月、28ページ)。
これらの軍需企業は、防衛省から天下りを受け入れることで、防衛予算を自社にとって有利に配分してもらい、税金に依存して安定的、計画的に利益 を拡大できる。他方、自衛隊は他省庁よりも早く定年を迎えるので、年金支給開始まで民間企業に依存し、天下り先を確保できるかどうかは切実な問題となる。 こうして、軍需企業と防衛省は、強固に結びつく。
だが、問題はこれにとどまらない。
4 防衛費と日米軍需産業
注目されるのは、わが国の軍事利権は、アメリカ政府・軍需産業と密接な関係にあり、むしろアメリカの国防予算を頂点にした軍事利権の構造の一部になっていることであろう。
というのも、1954年に締結された日米相互防衛援助協定と、この協定にともなう秘密保護法とは、日本に対して、「自国の防衛力及び自由世界の 防衛力の発展及び維持に寄与し,自国の防衛能力の増強に必要となることがあるすべての合理的な措置を執り,且つ,アメリカ合衆国政府が提供するすべての援 助の効果的な利用を確保するための適当な措置を執るものとする。」(第8条)と明記され、アメリカ主導で、わが国に軍備の増強を義務づけ、しかもそのよう な軍備の増強にかかわる一切の秘密を保持するよう義務づけている。
こうして、自衛隊の軍備は年々増強され、しかも主力兵器は、ほとんどがアメリカの軍需産業から購入する仕組みになっている。防衛省資料に「国産」とあっても、多くの場合、アメリカ製の兵器を日本の軍需産業が生産し、組み立てる「ライセンス国産」である。
しかも、日本がライセンス国産で取得した兵器の価格は、アメリカ国内の価格の2倍ほどになる例も珍しくないようである。それは、アメリカの軍需 産業が、「ライセンス・フィー」(手数料)や「ロイヤルティ」(特許料)を上乗せするからであり、なによりも秘密保持を縦にした価格決定の不透明性にあ る。そうすることで、アメリカの軍需産業は、日本の防衛関係費から恒常的にかつ長期的に莫大な利益を受け取ることができる。
ライセンスを供給された日本の軍需産業は、アメリカ軍の先端的な戦闘機などの軍事技術を取得でき、価格の上乗せ分は、防衛関係費によって支払われえるので、価格が高いからといって、企業財務には全く影響しない。
政府・防衛省が直接アメリカの兵器を買い付ける場合はもちろんのこと、このような「ライセンス国産」の場合でも、アメリカの軍需産業も、日本の軍需産業も、わが国の防衛関係費から利益を受け取っている。
図表3は、アメリカの5大軍需企業から調達される自衛隊の主力兵器が紹介している。
まず、アメリカの軍需企業の売上高(2006年)は、巨額であり、ロッキード・マーチン社で、ほぼ3兆6000億円、ボーイング社で、ほぼ3兆 円である(アメリカの軍需産業の詳しい分析は広瀬隆『アメリカの巨大軍需産業』集英社新書2001年4月を参照)。そしてこれらの巨大軍需企業から、わが 国の防衛省は、自衛隊の主力兵器である戦闘機、哨戒機、輸送機、アパッチ・ヘリなどを購入している。
わが国の防衛関係費は、日米の軍需企業に対して、毎年、2兆5000億円ほどの政府市場を提供している。
5 宇宙基本法の成立と新型戦争システム
自衛隊をアメリカの軍事戦略の中に組み込み、さらなる軍備の増強を強いるのは、2008年5月に成立した「宇宙基本法」である。そもそもこの宇 宙基本法自体が、アメリカの指揮の下で、宇宙空間を利用した米日共同のミサイル防衛システムを稼働させるための法律であった(より詳しくは、平澤歩「ミサ イル防衛日米軍事産業の補完的一体化」『経済』2007年7月、72-85ページを参照)。
日米の軍事問題を長年研究してきた藤岡惇氏は、以下のように指摘する。「ミサイル防衛(MD)の第1の任務とは、日本国民のいのちと暮らしを守 ることではなく、米国の握る「制宇宙権」とこれをバックにした新型戦争システムを守ることになるのは当然だ。新型戦争システムは、地球規模で統合され、攻 守一体となっている。」(藤岡惇「宇宙基本法の狙いと問題点」『世界』2008年7月30日、31ページ)。
この「新型戦争システム」は、すでに現実に機能し、「いま米軍やイスラエル軍は、宇宙の軍事利用の第2段階技術(監視衛星や通信衛星—引用者) を使って、自動車で移動中のゲリラを「自衛」目的で暗殺しつづけているが、日本でも宇宙の軍事利用が第2段階に入ると、このようなおぞましい光景が生まれ てくるだろう。」(藤岡惇、同上誌、30ページ)と指摘する。
アメリカは、宇宙空間を利用したこのような新型戦争システムに日本を動員するために、「集団的自衛権」の容認、宇宙基本法の制定を迫ってきた。 すでに宇宙基本法が成立したので、今後、日本の軍需産業は、宇宙の軍事利用のための新しい技術開発と兵器生産に踏みだし、武器輸出3原則を緩和しつつ、ア メリカの軍需産業と歩調を合わせて新型戦争システムにかかわっていくことになろう。
すでに弾道ミサイル防衛関連経費は、年々増額され、2007年度現在で、1825億円(平澤歩、同上誌、81ページ)に達している。宇宙の軍事 利用には、莫大な費用が必要となり、防衛費の増大圧力になるだけでなく、そこで開発される技術も最先端の研究成果も、軍事機密のベールに覆い隠され、不当 な軍事利権の温床となるにちがいない。
昨今、日本人宇宙飛行士の宇宙飛行がメディアをにぎわせているが、このような未知の世界の宇宙飛行の夢と宇宙の商業的な利用の背後で、新型戦争システムをより高度に構築しようとする宇宙の軍事利用が進展している。
6 アメリカの国防予算と軍産複合体
アメリカの国防予算は、世界中の軍事費の半分弱を占めるほど巨大である。2009年7月、アメリカ下院は、全会一致で、国防総省によるほぼ63 兆6000億円の予算案を可決した。これは国防総省の予算として、近年最高の額となっており、そのうち13兆円ほどが、イラクとアフガニスタンの戦争にあ てられる。この法案が最終的に可決されれば、ブッシュ大統領からオバマ大統領に引き継がれたイラクとアフガニスタンの戦争の費用は、合計で100兆円を超 えることになる。
このような巨額の国防予算をテコにして、アメリカでは、兵器を生産し販売する民間企業(軍需産業)・軍部(国防省)・政治家・大学やシンクタン クの専門家(図表4参照)などが、広く深く連携した「軍産複合体」を形成し、アメリカ国内だけでなく、グローバルに政治的・経済的・軍事的に強大な影響力 を行使している。
ウィキペディアによれば、「軍産複合体」という「概念は特に米国に言及する際に用いられ、1961年1月、アイゼンハワー大統領が退任演説にお いて、軍産複合体の存在を指摘し、それが国家・社会に過剰な影響力を行使する可能性、議会・政府の政治的・経済的・軍事的な決定に影響を与える可能性を告 発したことにより、一般的に認識されるようになった。」。
このようなアメリカの軍産複合体を活性化させる上で、9.11以後の多発テロ事件、イラク戦争は大きな貢献をすることになった。それは、 9.11以後、2008年度までで累計80兆円(8050億ドル)にも達する戦費合計、それを支えたこの間の軍事費総額360兆円(3兆6800億ドル) に象徴される(河音琢郎「現代アメリカの軍事戦略と軍拡財政」『経済』2008年6月号、73ページ)。
こ のような莫大な軍事費を調達するために、アメリカの財政赤字はますます深刻化し、とくに平和な暮らしを支える各種の福祉や社会保障関係費は切 り詰められる。他方で、軍産複合体関係者や金融ビジネスに精を出したウォール街の関係者はますます繁栄する。アメリカ国民の所得格差は拡大し、貧富の格差 が深刻になる。しかも、アメリカでは、貧富の格差が再生産されることで、国民の戦時動員体制が維持されているようである。
7 徴兵制の基盤になる貧困と格差拡大
アメリカで、徴兵制が維持されているのは、その背後に、借金で身動きできなくなった人々、学資ローンを利用して短大・大学を卒業する若年層、その他の経済的に恵まれないワーキングプア、不法移民などの貧困層の存在である。
「もはや徴兵制など必要ないのです。・・・政府が格差政策を次々に打ち出すだけでいいのです。経済的に追いつめられた国民は、黙っていてもイデ オロギーのためではなく生活苦から戦争に行ってくれますから。」(堤未果『ルポ貧困大国アメリカ』岩波新書、2008年4月、177ページ)。
イラク戦争が開始された2003年に米軍がリクルートした新兵は、21万2000人であったが、そのうちの3分の1は、高校を卒業したばかりの10代の若者たちであった。
この若者たちの出身家計は貧しく、少しでも家計を助けようと思う若者の親思いの気持ちは、高額の給与を保証する米軍への入隊という形でアメリカの徴兵制を支える。
18歳から24歳の理想的兵役年齢の若者は、大学の新卒者ということになる。日本と同様に教育費に予算を回さないアメリカの学費は高い。大半が 私立大学ということもあって、アメリカの大学の1年間の学費は、日本円に換算すると、おおむね150〜450万円といった所である。とくにハーバード、 MITなどの著名大学の学費は高い。
高等教育を受けたいアメリカの大学生は、学資ローンを利用することになる。低所得者用の教育補助として返済不要の奨学金も一部に存在する。だ が、アメリカの学資ローンのほとんどは、民営化されており、政府が年率8.5%という高率の利子を民間金融機関に補助する学資ローンが主流である。
すると、アメリカの学生たちは、卒業する時点で、平均して280万円ほどの債務を負うので、卒業してからの返済は、20年から30年間かかる。 このような債務も、米軍に入隊すれば、軍が返済してくれるので、本人負担はなくなる。そのうえ、在学中に入隊する契約をした場合、最初に60万円ほどの ボーナスがもらえて、月々の手当が3万円ほどもらえる、といったプログラムもある。こうした若者たちが、「米軍勧誘ハンドブック」を手にしたリクルーター の誘いにのり、アメリカの徴兵制度を支えている。リクルートされた新兵は、ほぼ全員がイラクに送り込まれ、戦場に立つ。
軍のリクルーターに狙われているのは、教育を受けている若者たちだけでなく、社会人にも、目は向けられる。
貯蓄よりも消費を選好し、借金してでも豊かな消費生活を送ろうとするアメリカ人のライフ・スタイルは、住宅ローンだけでなく、クルマなどの分割 払いのローン、クレジットカードのローン、などが生活の隅々まで行き渡っている。そのうえ、社会保障制度が貧弱で、医療保険制度は、昨今、オバマ大統領の 下ではじめて議会を通過した。病院もほとんどが民営化されている。
そのため、アメリカで盲腸炎になり、手術を受けると、ビックリするほど高額の手術代金の請求書が舞い込んでくる。日本なら盲腸炎の手術代金は、 差額ベッド代を除いて1日の入院で約1万2000円ほどである。だが、アメリカでは、ニューヨークなら243万円、ロサンゼルスで194万円ほどである (堤、同上書、66-67ページ)。
平均的な所得を得ている世帯でも、あるとき病気になり、入院すると、借金漬けになる例が非常に多い。そこに軍のリクルーターがやってきて入隊を進める。
このようなアメリカの徴兵制を他国のこととして看過できない時代が、日本にもやってきている。
日本学生支援機構(旧育英会)の奨学金(貸与月額で文系4年制大学の最高額の12万円)を利用した場合、卒業時の貸与総額は、576万円にな り、返済金利3.0%、返済期間20年で、毎月返済3万2000円で、総額775万円を返済することになる。それなのに、新卒者の7人に1人は、就職浪人 となり、就職内定者であっても、正社員に内定したものは60%にすぎない。
不安定で低所得を強いられる非正社員の割合は3割を超えている。最低時給平均が703円ほどに法制化されているため、1日8時間、週5日間労働 しても、月収11万2000円ほどにしかならず、生活保護世帯の所得(13万7000円ほど)に届かないワーキングプアとよばれる貧困層は、日々再生産さ れる構造が定着しているからである。
8 軍縮に踏み出したヨーロッパ
リーマン・ショック以降、各国の財政赤字は深刻になり、ヨーロッパでは、ギリシアの財政危機をきっかけに赤字削減のための緊縮財政に踏み出した。そこでは、軍事予算も「聖域」と見なされることなく、大胆にメスが入れられようとしている。
ドイツでは、2010年度で3兆5000億円ほどの軍事予算から1200億円の削減が予定され、今後、5年間で1兆円ほどの削減が計画されてい る。また「ドイツ国防省は当局が軍の規模を3分の1余り縮小することや徴兵制の廃止を検討しているとの一連の報道に関連して、軍事費削減に関するどんな提 案も 排除されることはないと指摘した。グッ テンベルク国防相は現在約25万人となっている現役兵士を10万人減らすための法案を草稿していると、ドイツ紙ハ ンブルガー・アーベントブラットとシュツットガルト・ツァイトゥングが複数の政府当局者の話を基に伝えた」 (http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920012& sid=ahSEHfmrUp4A)。
また、イギリスでは、保健省、国際開発省を除く全省庁に対して、2014年度まで、予算の25%削減を義務づけ、日本円で、約5兆円に達する国 防予算も例外ではない。フランスでも、3兆6000億円の軍事予算を15%ほど削減し、また軍人も、3年計画で5万人ほど削減するようである。
こうしたヨーロッパ諸国の軍縮政策に対して、アメリカのゲーツ国防長官は、アフガン、イラク戦略への影響を恐れ、「懸念」を表明しているが、深刻な財政赤字と貿易赤字に陥っているアメリカこそ、国防費と巨額出費の元凶となっている対外派兵をやめる時期にあるといえよう。
またこれらの国々の中にあって、最も深刻な財政赤字大国に陥っている日本は、他国に先駆けて、防衛費の大胆な削減をおこなうことが、憲法の理念を実現し、世界平和に貢献する道でもある。
(やまだ ひろふみ)
(『税経新報』No.581, 2010年9月号)
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