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HP New face 3.jpg第2版:99%のための経済学入門.jpg  ようこそ、Netizen越風山房へ。ここは、わたしたち99%の平穏な暮らしをエンジョイするための情報発信サイトです。世界第3位の「経済大国」の豊かさはなぜ実感できないのでしょうか。株価と円・ドル相場・1000兆円の累積国債に振り回される経済から脱出しましょう。We are the 99% !! 1人1人が主権者です。この国のあり方は私たちが決めましょう。

経済社会評論集

13. 現代日本の経済社会と「雇用なき景気回復」

はじめに

 内閣府の最近の調査(「国民生活に関する世論調査」)によれば、日常生活に悩みや不安を感じている人の割合は、3人に2人、ほぼ七割(67・2%)に達し ている。これは、1958年に調査を開始してから、過去最高の割合のようだ。とくに働き盛りの40代、50代の中年層の不安は高い割合に達している。
 今後の生活の見通しについても、「悪くなっていく」と答えた人の割合(31・3%)は、「良くなっていく」と答えた人の割合(7・5%)の4倍にも達した。
 では、生活不安を解消するにはどうしたらよいのか、政府への要望を複数回答で聞いたところ、「景気対策」を求める声がほぼ7割(67・4%)に達したようである。

変容する経済社会と「雇用なき景気回復」

 近年、政府への要望といえば、ニュース番組の街頭インタビューなどでも、決まって返ってくる応えは、「景気対策をしっかりしてほしい」という街の声だ。た しかに経済成長率はマイナスであったり、リストラの対象になり、解雇されるなど、雇用環境の悪化が深刻化している。こんな経済環境のもとでの生活不安を解 消するには、大規模な景気対策を組んでもらい、経済を活性化するに限る、という切実な思いがあるからであろう。その趣旨は、もちろん、わからないではな い。
 だが、ちょっと考えてみてほしいことがある。はたして、景気が良くなったら、自分たちの雇用はしっかりと保障され、就業機会も増える、といえるのか、という点だ。
 というのも、すでにわが国でも、「雇用なき景気回復」といった事態がみられるからである。こうした事態は、最初、アメリカで話題になったが、アメリカの経 済社会でみられる「ジョブレス・リカバリー」=「雇用なき景気回復」は、現代日本の経済社会にも、共通する経済現象になっている。
 つまり、景気は回復した、だが、それによって雇用が安定するわけでもなく、就業機会が増えるわけではない。したがって、社会全体の失業者数も減らないし、場合によっては、失業者が増えることだってある。
 こんなことが起きるのは、企業が人員を削減することで、コストを切りつめ、その結果、企業業績が好転し、株価も上昇する、といった「景気回復」現象が発生するからである。ここでは、雇用を犠牲にした「景気回復」がはかられている。
 リストラ解雇と株価上昇の関係は、現代経済の冷酷な論理をよく描き出している。企業が社員の人数を大幅に減らすリストラ解雇を断行すると、その日のうちに株式市場でその会社の株価は上昇する、といったリストラ解雇と株価上昇との相関関係がみられる。
 「労働者の仕事を奪い、結果として人間の尊厳を脅かす行為が、高く評価される。従業員より株価が重視されている。これは単に『雇用の危機』というより、文 明や社会が変容してしまっている姿だ」(『朝日新聞』1998年9月5日)と指摘するのは、フランスの作家ビビアンヌ・フォレステールである。
 ここで、この作家のいう「文明や社会が変容してしまっている姿」とは、株価をはじめ、各種の金融市場やビジネスが最優先されるアメリカやイギリスといったアングロサクソン型の市場経済の本来の姿にほかならない。
わが国の目下の「構造改革」やこれまでの金融ビッグバン改革の終着点は、株価や株主の利益を優先し、収益至上主義を目指すアングロサクソン型の市場経済シ ステムの実現にあった。そこでは、コストを増やす各種の福祉や社会保障を最小限に切りつめた「小さな政府」を実現し、国内外で資本の自由な経済活動ができ るように各種の規制を緩和・撤廃し、弱肉強食の競争を徹底させる、といった各種の政策が実行に移される。
 個々の企業の従業員も、これまで正社員として雇用した「終身雇用」型の労使関係を清算し、正社員は一割ほどの少数に絞り込み、他はコストの安いパート、ア ルバイト、派遣社員を採用する。絞り込んだ正社員も、「年功序列」型の賃金体系から、「業績主義」型の競争的な賃金体系に移行してきている。従来の日本的 な長期・安定的な労使関係は解体され、日本経済のアメリカ経済化ともいうべき事態が進展している。
 したがって、このように変容した現代日本の経済社会のもとでは、「景気回復」=「雇用拡大」といったかつての高度成長期の日本経済の「常識」は、もはや通用しない経済社会になってしまった、といってよい。
 このような新しい経済社会のあり方を踏まえると、「景気回復」策ではなく、まず「雇用拡大」・生活の安定策そのもの、を最優先すべきである。なぜなら、 「雇用なき景気回復」では、多くの勤労国民にとってメリットはないからである。むしろ、たとえ景気が回復しなくても、ドイツ・フランスなどのヨーロッパ大 陸型の経済社会でみられるように、所得分配・予算編成において、勤労者や生活関連分野に重点化することによって、雇用は拡大するし、生活の安定も実現でき るからである。

グローバル化する経済と拡大する海外雇用者数

 企業業績が好転しても、国内雇用が回復しないもうひとつの背景には、多国籍化し、グローバル化した現代企業の行動様式がある。
 対外経済活動の規制が緩和・撤廃されることで、ヒト・モノ・カネが国境を越えて自由に移動できるようになり、経済活動のグローバル化が進展してきた。そう なると、現代の巨大多国籍企業にとっては、製品の開発・生産・販売を地球上の最も効率的な場所に分散できるようになった。ビジネスのフィールドは、母国で はなく、地球的な規模で展開されるので、母国の相対的に高賃金の従業員を削減しても、対外進出した現地で安価な労働力を雇用すれば、むしろ人件費のコスト ダウンすら実現される。
 近年の企業動向で顕著なのは、対外進出する企業が増大し、海外生産比率や収益の海外依存度が激増してきていることである。製造業全体の平均でみても、海外 生産比率は、1990年度の6・4%から、2000年度の13・4%に上昇し、海外進出した製造業の海外生産比率となると、同時期で、17・0%から、 32・0%と、いずれも10年間で倍増している(図1)。製造業の海外生産比率が高まるにつれて、国内における製造業での就業者数は大きく落ち込んできて いる(図2)。
 収益の海外依存度では、金融業を除く全国の代表的な上場企業519社の2003年3月期決算では、海外に進出し、海外で生産し、販売することによって獲得 した海外での営業利益が、日本国内で生産し、販売したり、輸出することによって獲得した国内の営業利益をはるかに上回る巨大企業も出現している。企業収益 の海外依存度の平均は、27・4%と、ほぼ3割の収益が海外からもたらされている(『日本経済新聞』2003年6月19日)。
わが国企業の海外生産比率や収益の海外依存度の高まりと、国内産業の空洞化・国内完全失業者数の増大は、いうまでもなく強い相関関係を持つ。
 周知のように、この10年間、国内では、リストラなどの人減らしが進み、完全失業者数が記録的な水準まで増大してきた。他方で、わが国の企業が進出先の海外で雇った従業員数は、逆に増大してきている。
 たとえば、国内の完全失業者数は、1990年度の134万人から、2000年度には319万人にふくれあがっている。他方、現地法人の従業員数は、 1990年度には155万人であったが、2000年度には345万人(うち製造業281万人、非製造業65万人)を記録している。国内が不況と大失業に 陥っている1990年代の10年間に、海外雇用者数は倍増しているのである(図3)。2000年度になると、海外での雇用者数が、国内の完全失業者数を上 回っている。
 国内の完全失業者数と海外の雇用者数とが、パラレルにほぼ同数に近い数字で増大してきていることを考慮すると、本邦企業は、国内の工場やオフィスで人員を 削減し、失業者を増大させる一方で、進出先の海外の工場やオフィスではそれとほぼ同数の現地人を新規に雇用してきたことになる。
 したがって、国内産業と国内雇用の空洞化・大失業の発生といった事態は、海外の進出先での新規工場やオフィスの立ち上げ、および現地人の雇用数の拡大、といった事態と表裏一体の関係にあるといえる。
 このように、従業員の雇用において、グローバルな企業経営が展開される経済社会では、相対的に高賃金の先進国は、構造的に高失業社会となってしまう。した がって、生活不安を解消し、雇用や生活の安定をめざすためには、「景気回復」策によるのではなく、独立した政策課題として、就業機会の拡大、雇用・生活の 安定に関係した各種の措置が実施される必要がある、といえるのである。

【やまだ ひろふみ・群馬大学教育学部教授】
    (e-mail : yamachan@edu.gunma-u.ac.jp)
『群馬評論』96号、群馬評論社、2003年10月


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