46. アベノミクスの本質としくみ
〜超金融緩和による大資本の利益と国民収奪〜
はじめに
アベノミクス(安倍政権の経済政策)の破綻は、もはや誰の目にも明らかになり、大手書店に平積されていたアベノミクス関連本の影は薄くなり、かわってアベノミクスが引き起こしたか、これから発生するかも知れないさまざまな問題に焦点を当てたアンチ・アベノミクスの書籍が多く陳列されるようになった。
とはいえ、アベノミクスは、現安倍政権の虚実を取り混ぜたビッグマウスとともに実行中であり、国民の生活と権利、民主主義が脅かされる事態は深刻化すれども、改善される気配はない。むしろ、国民経済における貧困と格差は、加速的に拡大してきている。
にもかかわらず、アベノミクスのしくみは、金融政策と株式や国債などの証券市場を舞台にしているため、一般的には複雑でわかりにくい構造になっている。
そこで、本稿の目的は、この3年間のアベノミクスの実績を踏まえ、その危険な本質をえぐりだし、低成長下で貫徹される大資本の利益実現と国民収奪のしくみを解き明かすことにある。
1 アベノミクスの破綻と暴走
アベノミクスは、日本銀行を支配下に置き、超金融緩和政策を徹底させることで、「世界で一番企業が活躍しやすい国」(第185回国会の所信表明演説)を実現することにあった。企業といっても、国民の暮らしや地域に密着した中小零細企業・地域金融機関ではない。グローバルにビジネスを展開する大企業と、3メガバンクグループに象徴される大手金融機関にほかならない。
ごく少数の独占的な大資本の利益を実現する「3本の矢」のうち、その鏑矢は、「大胆な金融政策」(「量的・質的金融緩和政策」と「マイナス金利政策」)の矢である。日銀の役員人事に介入し、中央銀行を政権運営に利用する悪しき歴史の復活は、目下の日本経済と国民生活を深刻化させているだけでなく、アベノミクスの将来にわたる甚大なリスクとなって顕在化するであろう。
日銀支配と金融政策に介入する政権
アベノミクスの特徴は、日銀が強力な金融緩和政策を断行し、大量のマネーを民間銀行に供給すれば、企業や家計などの経済界への貸出が増え、経済活動も活性化し、物価が上がり、景気回復と経済成長が達成できる、といった触れ込みだった。だが、この3年間の実績は、政権として掲げた経済成長は、マイナス成長に陥り、他国と比較しても3年間の平均成長率は最低の0・6%にすぎない。2%の物価上昇の目標も、達成できず先延ばしを続けている。
アベノミクスの恩恵に浴しているのは、大資本と富裕層だけであり、円安と株高に支えられ、戦後最高の利益を実現する一方、株高に無縁の国民生活と地域経済は消費税率の引き上げで不況の大波にさらされている。
アベノミクスが行き詰まり、「デフレ脱却」ならぬアベノミクス不況が問題視されるなかで、何とか次の一手として出てきたのが、今回のマイナス金利政策であった。この政策が博打と評価されるのは、この政策を決定した日銀の金融政策決定会合(2016年1月28ー29日)で、政策委員の賛否をめぐり、賛成派と反対派の票数は、5対4の1票差で導入が決まったからである。つまり、その効果は政策委員の間でもまったく2分していた、戦後例をみない曰く付きの「決定」だからである。
しかも、この会合に出席していた政府関係者は、麻生太郎財務相と石原伸晃経済再生担当相に逐一連絡を取り、会議を16分間も中断させ、政府を巻きこんだ大混乱の中で「決定」されたことである(「SankeiBiz」2016年3月19日)。中央銀行の独立性は踏みにじられ、情報が政府に筒抜けになり、と言うより政府の意向をくむ形でマイナス金利が導入された。
本来、金融政策の決定権は、中央銀行の独立性によって保証されているはずであり、政府が口出しすることはできないはずである。だが、安倍政権は、その成立当初から自分の指示に従わない日銀の前白川方明総裁を更迭し、父の時代から付き合いのある財務省財務官の黒田東彦氏を総裁に任命することで、日銀と金融政策を政権の支配下に置き、船出した。財務官が日銀総裁に就任したことも戦後初めてであった。
中央銀行と金融政策の目的は、まず物価の安定(「物価の番人としての中央銀行」であり、次いで信用秩序の維持(「最後の貸し手としての中央銀行」)である。したがって、景気対策や各種の経済・財政政策への責任はなく、それは政府の責任である。各国の金融政策の歴史は、国民生活を破壊する激しいインフレーションや物価高との格闘の歴史であり、近年のバブル崩壊と銀行破綻に伴う金融システム不安の鎮静化の取り組みのなかで、金融政策の目的が明確化されてきたからである。
だが、時の政権は、中央銀行を支配下に置き、政権の目的のために利用してきた歴史(とくに非常事態の戦時下における軍資金調達など)があり、それは中央銀行の独立性が脅かされてきた歴史でもある。人事に介入し、反対派を追放する安倍政権の日銀支配と金融政策への介入は、このような非常事態の歴史の一コマにカウントされることになるであろう。
マイナス金利付き量的・質的金融緩和の罪
アベノミクスのもとで「大胆な金融政策」=異次元金融緩和政策を担ってきた黒田日銀によれば、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」政策を導入した目的は、「2%の「物価安定の目標」を早期に実現するため」であり、この2%の物価上昇を達成するまで、「今後は、「量」・「質」・「金利」の3つの次元で緩和手段を駆使して、金融緩和を進めていくこととする。」(2016年1月29日、日銀公表)。
「量的緩和」とは、年間約80兆円のペースでマネタリーベース(世の中に流通している現金と民間銀行が預金の払い戻しなどに備えて日銀に預けている当座預金残高との合計額、資金供給量ともいう)が増大するように、日銀が民間銀行から国債を買い取り(国債買いオペ)、その買い取り代金を民間銀行に供給しつづける政策である。したがって、国債を大量に保有する銀行などの民間金融機関は、いつでも日銀が国債を買い取ってくれる恩恵(国債売買益)に浴することになる。
「質的緩和」とは、日銀の供給する資金ルートを国債の買いオペだけでなく、株式市場に資金を供給し、日経平均株価などを吊り上げる株価連動型の上場投資信託(ETF)、さらに不動産市場に資金を供給し、不動産価格を吊り上げる不動産投資信託(JーREIT)などについても、日銀の買い入れ対象に組み込んだことである。
したがって、窓口になる証券会社には、日銀からETFやJーREITの買い取り代金が入り込み、さらにその代金はアセットマネジメント会社などの運用会社で運用され、株式や不動産に買い向かい、株価や不動産価格を吊り上げ、株式や不動産を保有する大資本や富裕層はその恩恵(株式や不動産の売買益)に浴することになる。また証券会社、アセットマネジメント会社、資産を管理する信託銀行には、それぞれ手数料収入が入り込む。
そして、今回のマイナス金利の導入とは、民間銀行が日銀に預けている預金金利(日銀当座預金金利)に対して、マイナス0・1%の金利を適用したことである。通常は預金に対してプラスの金利が適用され、預金者は利子を受け取るが、マイナス金利となれば、預金者が利子を支払うことになるので、預金者は利子の支払いという損失を防ぐために預金を引き出し、何かに使うようになる。民間銀行なら、日銀から預金を引き出し、企業や家計への貸出に向けるようになり、日銀の狙い通り、金融緩和が浸透し、円安と株高が実現し、物価も2%に向かって上昇するはずである、とのもくろみでマイナス金利が導入された。
だが、この日銀のもくろみは実現せず、わずか1週間だけのショック療法に終わった。むしろ、事態はさらに深刻化した。
マイナス金利は、適用開始となる2016年2月16日現在でみると、民間銀行の日銀当座預金総額260兆円のうち、約10兆円だけに適用された。したがって、民間銀行は、10兆円のマイナス0・1%の金利にあたる年間100億円の利子を日銀に支払うことになった。だが、日銀がマイナス金利を導入すると、民間銀行は、その損失を自行の預金者に転嫁し、すぐに自行の預金者の普通預金金利を引き下げ、0・02%から0・001%という異常に低い水準に押し込めた。他方で、民間銀行は、2008年のリーマン・ショック以降、日銀当座預金の基礎残高部分(210兆円)には日銀からプラス0・1%の利子を受け取っているので、民間銀行は日銀から年間2100億円を受け取っている。
したがって、マイナス金利が民間銀行に適用されても、民間銀行は、日銀から支払われる年間2100億円の金利収入が100億円減るだけであって、以後も、差し引き2000億円の利子収入を日銀から受け取り続ける。
これに対して、国民は、普通預金の金利を0・02%から0・001%へ引き下げられた結果、定期預金などを含む800兆円ほどの預金をすべて普通預金と想定しても、利子所得は1600億円から80億円となり、1520億円も減らされ、この分の利子所得を銀行に移転させたことになる。
バブル崩壊後、長期化する金融緩和と低金利政策の結果、国民が民間銀行から受け取る利子所得は、驚くほど減ってしまった。銀行にしてみれば、それだけ国民に支払うはずの利子所得を自行内部に止めてきたことになる。
たとえば、バブル崩壊直後の1991年現在の金利が適用された場合、その後の預貯金の引き下げによって2014年までに国民が受け取り損ねた銀行からの利子所得の累計額は、住宅ローンの利子の軽減分を差し引いても、392兆円に達する。他方、企業部門は、借入金利が低下したため、法人預金金利の低下による逸失利子を差し引いても、この間、損得で見て、578兆円の得になった。
アベノミクスの「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」など、バブル崩壊後の超金融緩和政策のリスクの最終的な転嫁先は、国民諸階層であり、その恩恵は、大資本と富裕層であった。その結果、現代日本の貧困と格差はますます拡大し、深刻化してきた。
この政権のビッグマウスに振り回されがちであるが、この政権の真の目的は、「2%の物価上昇」や「経済成長」にあるのではなく、それは馬の鼻先に付けたニンジンの役割に過ぎず、どんなに走っても手が届かないことがわかっていても、この目的を据えることで、歴史上あまり例をみない超金融緩和を続ける大義名分を得て、つまるところ不況と低成長のもとでも、金融政策を利用して大資本と富裕層に金融的な収奪のチャンスを与え、さらに富を蓄積してやることにある、といえるであろう。
不況原因のすり替え
アベノミクスは、現代日本経済について、「デフレ不況」、つまり企業や家計などの実体経済で流通する通貨量が不足しているから物価の下落をともなう不況に陥っている、との誤った認識(「貨幣数量説」)に立ち、不況の真の原因を意図的にすり替えている。
物価の下落(いわゆる「デフレ不況」)がつづいているのは、通貨供給量の問題=金融政策に原因があるのではない。そうではなくて、1997年以降、継続して賃金が削減され、可処分所得が低下し、しかも企業のリストラや「ワーキングプア」などの低所得の非正規雇用(雇用者の約4割に当たる2000万人、その7割の1400万人は年収200万円以下の「ワーキングプア」)が拡大されてきたので、国民の購買力が全般的に低下し、国内の消費需要が萎縮し、日本経済が深刻な消費不況に陥っているためである。決して、日本経済に流通するマネーが不足したために、物価が下落しているのではない。
アベノミクスの3年間でも、正規雇用はわずか2万人増に止まったのに、非正規雇用は142万人も増大し、従業員の給与・賞与は1兆6000億円も削減される一方、全産業の利益剰余金は69兆円も増加させたが、国内需要と雇用機会を拡大するはずの設備投資には向けられず、内部留保金として積み上がっている。
物価の下落は消費不況が真因であり、企業、とくに大企業と大手金融機関の戦後最高の利益が、賃上げにも、国内の設備投資にもまわされないで、内部留保金として積み上がり、賃金カットとリストラで国民の購買力が奪われているためである。
この点を踏まえるなら、現代日本のいわゆる「デフレ不況」から脱出する道は、超金融緩和政策によるダブダブのマネーの供給策(これはむしろバブルマネーとなって株式などの金融商品や不動産市場のバブルの膨張を促進する)ではない。それは、次のような政策として実施されるべきであろう。
第1に、賃金を上げて、国民の購買力を底上げし、国内需要を増大させること、第2に、社会保障や福祉、子育てや文教予算を充実させて、国民が安心して暮らせる社会(憲法第25条を政府に守らせ、健康で文化的な最低限の生活)を実現し、劣悪な子育て環境と高い学費・学資ローン、いつリストラされるかわからない不安、病気や老後の不安、などの国民の現在と将来の不安を取り除くこと、第3に、消費税などの不公平税制を廃止し、パナマ文書に示される大企業や富裕層の租税回避を防止し、租税の応能負担を実現し、戦後最高になった国民負担率を大幅に改善すること、などなどの諸政策こそ求められている。
アメリカ、中国に次ぐ世界第3位の経済大国日本に求められているのは、もはや実現不可能な経済成長政策ではなく、経済大国の中身の改革、つまり戦後築きあげてきた巨大な富の公平な分配であり、経済大国にふさわしい豊かでゆとりある社会の実現にほかならない。
実体経済から金融ビジネスへ
アベノミクスの重要な特徴は、中央銀行を支配下に置き、歴史的にも前例のない超金融緩和政策を通じて、政府自身が、円安(=トヨタなどの輸出大企業の利益となる通貨の切り下げ)と、官製バブル(=内外の大手金融機関・ファンド・富裕層の利益となるバブルマネーの供給)を誘導してきたことである。その目的は、もはや実体経済の成長(資本の高度蓄積)が達成できなくなった時代であるにもかかわらず、なお大資本の利益を実現することにあった。
飽くことなく利益(剰余価値)を追及する資本の運動で見ると、アメリカを頂点にした現代の「先進」資本主義諸国の支配的な資本の運動は、世のため人のために役立つ商品生産をともなうGーWー‘Gの運動よりも、手持ちのマネー(資本)を金融ビジネスに投じて、汗を流さず手っ取り早く増殖させようとするGー‘Gの運動が活発化している。経済の金融化が加速し、資本の寄生的・腐朽的性格が強まっている。
さまざまなデータが物語っているように、一通り生活必需品を手にする「成熟経済」に到達した現代日本経済では、戦後のようながむしゃらな経済成長時代の幕は閉じられ、かつて繁栄したヨーロッパ諸国がたどってきた歴史のように、低成長の時代を迎えている。
戦後日本の経済成長は、全国の農山村から、太平洋ベルト地帯に集団移住させられた多数の安価な労働力・勤労市民が、過労死をともなった長時間労働と安価な賃金で大量生産を担い、都市でのぎゅうぎゅう詰めの生活に必要な生活必需品が大量に購入され、消費する経済スタイルを貫いた結果、達成された。
だが、労働力人口の減少や生活必需品のほとんどが家庭に備わる時代になると、このような高度経済成長を実現した条件は、もはや消滅し、経済成長の時代は終わっている。この点は、戦後日本の経済成長率の推移(図3)からも確認できる。
戦後70年、世界中が「日本の奇跡」と評価した高度経済成長を達成した1950年代後半から1973年のオイル・ショックまでの実質経済成長率は、いまの新興国も驚くほどの9・4%であった。だが、バブル膨張を含む1970年代半ばからバブル崩壊にいたる1990年の経済成長率は4・2%に半減した。さらにバブル崩壊後リーマン・ショックまでの経済成長率は、1・2%の水準に止まっている。3本目の矢に「成長戦略」を掲げたアベノミクスの3年間の実質経済成長率は、さらに落ち込み、0・6%にすぎない。
このような戦後70年のわが国の経済成長の歴史を冷静に踏まえたなら、今後、毎年3%ほどの経済成長率を達成し、日本のGDPを早期に600兆円にもっていく、といったアベノミクスの非常識な大言壮語など、逆立ちしても達成不可能であることがわかる。最近のOECDの報告書でも、今後の日本の実質経済成長率は、2016年0・7%、2017年0・4%と予測している(OECD Economic Outlook ,June 2016, p.8)。
だが、資本主義が資本主義であるかぎり、その「規定的目的」であり、「推進的動機」は、さまざまな経済状況に応じたより大なる利益追求にある。商品の生産と販売がふるわないなら、経済の金融化を促進し、マネーの運用と金融ビジネスで利益を追求することになる。超金融緩和政策は、マネーの運用と金融ビジネスにとって、そのインフラとも言うべき環境を整備する政策となる。
近年の超金融緩和政策によってもたらされる円安と各種のバブルは、大企業と金融機関にとって、低成長経済下で、本来の営業利益が低迷しているにもかかわらず、為替相場やさまざまな金融商品への投資や売買といった金融ビジネスで、新たな利益(金融収益)の源泉となり、大きな恩恵を与えてきた。
2 株価対策に利用される日銀と年金
生活実感からすれば、景気が良いなどどこ吹く風で、むしろ生活はますます疲弊してきているのに、メディアで「景気の良い日本経済」を演出する仕掛けは、株高にある。
株高は、300兆円の内部留保金を株式投資に運用している大企業、日本株の最大の保有者である海外投資家・金融機関、生活費を超える潤沢なマネーを株式投資に回している富裕層にとって、願ってもない利殖の機会を提供してくれる。
株式投資に精を出す大資本と富裕層は、まず株式を発行した会社から株式の配当金(2015年度でほぼ10兆8000億円)を受け取る。それだけでなく保有株に含み益(取得時の株価を上回って株価が上昇した時の差益)が発生した場合は、その株式を売却して売買益を獲得できる。保有する株価の上昇は、企業の資金調達にあたって、担保としての利用価値が増大する、報酬の一部を自社株で受けとる(株式オプション)企業経営者たちにとっても、株高は高額のボーナスをもたらす、などなどである。
安倍政権成立直後の異次元金融緩和政策の採用は、超金融緩和と円安にビジネスチャンスを見いだす海外の投機マネーを国内に15兆円ほど誘い込み、政権初年度で株価を2倍ほどに暴騰させた。その後、海外の投機マネーは、アベノミクスの先行きを不安視し、日本株を手放し、株式の売り越しセクターに転じた。これは、株価下落を招くので、安倍政権は、株高を演出しつづけるために、海外の投機マネーに変わる新しいマネーを株式市場に動員する政策に打って出た。
それは、日本銀行や国民の年金積立金に強制的に株式を買わせることで、株価を支える政策である。
日銀の株価つり上げ策
「質的」金融緩和政策の中身には、株価連動型の上場投資信託(ETF)を日銀が購入し、その購入代金が株式市場に流入し、株価を吊り上げるしくみが組み込まれていた。
事実、株価が下がると、日銀は、ETFを買い入れて、株価の下落を阻止する行動をとってきた。例えば、マーケットウオッチャーは、次のように指摘する。
日銀による「月間2500億円の買いは、1回が360億円で、月間平均7回です。1回の360億円は、なぜか、固定されています。前場の日経平均が0・3%(60円)程度下げると、13時15分に、360億円の買いを入れます。この年間3兆円の買い枠は、わが国の株式相場を底支えできるくらい大きなものです。」(「日銀ETF買い「官製相場」に波乱を起こす2つの要因」http://www.mag2.com/p/money/3712、MONEY VOICE 2015年6月16日、)。株式市場に日銀のマネーを流入させるこのような上場投資信託(ETF)の買い入れ枠を順次拡大してきたのが、この間の日銀の追加緩和政策の中味であった。
ブルームバーグ社の試算によれば、「異次元金融緩和以降 の「爆買い」で累計保有額は推定8兆円を超え、日経平均株価を構成する9割の企業で実質的な大株主になった。・・・日銀のETF買い入れは、株式需給面で日本株相場を下支えしてきた。・・・この間、海外投資家は日本株現物を5兆円、ETFでは3000億円弱売り越した。1ー3月に日銀は 6497億円のETFを買っており、少なくともETFでは海外勢の売りを吸収したことになる。」(「ETF爆買いの果て、日銀が日経平均企業9割で実質大株主ー試算」Bloomberg.co.jp/news/articles、2016年4月25日)
このように、日銀による株価連動型上場投資信託(ETF)の「爆買い」は、日経平均株価を構成する225の株式銘柄に集中しているので、日々のニュースで茶の間に報道される日経平均株価のまさに株高を演出してきたことになる。
日銀のバランスシートには、株式市場に日銀マネーを供給するために購入した上場投資信託(ETF)が、2016年3月末現在で、8兆6000億円も積み上がっている。日銀は、2015年12月の金融政策決定会合で、株式購入枠を拡大し、年間3兆円のETFを買い入れてきたが、新たに年間3000億円の買い入れ枠を2016年4月に設定し、今日の事態を招いた。
株価に連動するETFは、国債と比較できないハイリスク資産である。国債は償還期限が来たら政府によって100%償還され、日銀のバランスシートから消滅するが、ETFは、日銀が株式市場で売却しないかぎり、日銀に残りつづけ、バランスシートを毀損する。だが、日銀がETFを売却しようとすると、株価の下落をもたらしてしまう袋小路に入り込む。これは、中央銀行の信認を犠牲にして政権維持のための株高を演出してきたアベノミクスの限界を物語っている。
株価対策に利用される年金積立金
安倍政権が株価対策のために利用しているのは、日銀の金融政策だけではない。老後の生活のためにコツコツと積み立ててきた国民の年金積立金が、株価対策に利用され、巨額の損失が発生している。
安倍政権にとって、株価つり上げのための有力な資金は、139兆8210億円(2015年12月末)に達する世界最大の機関投資家である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の年金積立金である。GPIFに大量の株式を購入させ、株価を買い支えるために安倍政権がやったことは、年金積立金の株式への運用枠を一挙に拡大することであった。
年金積立金の運用に介入した安倍政権は、GPIFの役員を入れ替え、2014年10月、年金運用の基本ポートフォリオ(資産運用比率)を変更させ、それまでの安全な国債保有から、リスクの高い株式の運用枠を拡大した。リスク資産の株式への運用枠は従来の12%から25%(プラスマイナス9%)へと倍増される一方、安全性の高い国債への運用枠は、60%(プラスマイナス8%)から35%(プラスマイナス10%)へとほぼ半減となった。
米カリフォルニア州の公務員の年金積立金(CalPERS)は、運用方法について加入者全員の意向を確認し、それを基に運用比率などを決定している。ところが、安倍政権は、国民に事前に確認することなく、年金のリスク資産への運用を強行した。年金積立金は国民の資産であり、その運用比率の変更は、本来なら国政選挙の大きな争点になってもよいほどの重大問題だった。
この基本ポートフォリオの変更によって、GPIFの株式への運用額は、12%枠時代の15兆7000億円から25%枠の32兆7200億円(最大の34%運用なら44兆5000億円)に倍増した。すでにGPIFの株価吊り上げ策が実施されている。株式市場関係者の間では、GPIFは、株式市場における大口の公的な投資マネーとして、日銀・ゆうちょ銀行・かんぽ生命・共済とならび「官製相場」を演出する5頭の「クジラ」と呼ばれている。
だが、価格変動リスクのある株式を保有することは、株価が下落した場合、年金生活のための資金に損失が発生する。実際、2015年夏の世界同時株安で、日経平均株価が1万6000円台に下落したとき、年金積立金には7兆8899億円の損失が発生した。これは、計算上ほぼ600万世帯の1年分の国民年金受給額が消滅したことになる。
安倍政権は、国民の老後の生活費を犠牲にしても、株高を演出し、政権維持をもくろんでいる。直近では、2016年に入り、日経平均株価は1万5000円台に下落したので、10兆円前後の損失が発生しているものと推測されるが、その運用状況の結果報告は参議院選挙後に引き延ばされた。国民の老後の生活費が、国民の意思に反して大資本と富裕層の株価吊り上げ策に利用され、損失のリスクをとらされている。大資本や富裕層が豊かになれば、その恩恵はぽたりぽたりとしたたり落ちる(トリクルダウン)と安倍政権は強調する。だが、事態はまったく逆であり、国民の現在と未来のための貴重な資産である年金積立金が大資本と富裕層のために吸い上げられている(サイフォンオフ)のである。
7社で7000億円の円安利益
日銀の超金融緩和は、日本の「円」と、ドルなどの外国通貨との交換比率(外国為替相場)において、円が不利になる円安という現象をもたらす。円安は、トヨタなど輸出産業に多大な恩恵を与える。
というのも、日本車ファンの多いアメリカにすれば、1ドル=80円の相場から1ドル=120円の円安相場になると、アメリカの輸入業者にとっては、それまで1億ドルを払って800億円分の日本車を輸入できた時代から、同じ1億ドルの支払いでも1200億円もの日本車を輸入できることになる。これは、対米輸出で稼ごうとする日本の自動車業界からすれば、対米輸出額が円安にともない800億円から1200億円に激増することを意味するからである。
他方で、自給率が低く食糧品(カロリーベース)を6割ほど輸入に依存する国民生活にとっては、いままで800億円を払えば、1億ドルの食糧品が輸入できたのに、円安のため同じ1億ドルの食糧品を輸入するにも1200億円を支払うことになる。このような輸入価格の上昇に押されて食糧品価格はそれだけ上昇することになり、生活は直撃された。したがって、円安は、輸入に依存する食糧品などの内需部門への課税、輸出部門への補助金に等しい効果をもたらしている。
歴史的にも例をみない超金融緩和政策(事実上の通貨切り下げ策)に踏み出した第2次安倍政権は、円安を促進し、2012年末の1ドル=80円台から2015年の1ドル=120円台まで円安相場を演出した。とくに、2014年秋の追加緩和では、円安相場を加速させ、2015年に一挙に1ドル=123円台まで円安が進んだ。
1ドル=120円台の円安となった2015年4〜9月期は、円安の恩恵が大きい自動車大手7社でみると、計7000億円強の円安差益を記録した(『日本経済新聞』2016年1月31日)。この7000億円強の利益は、自動車大手7社の営業活動の結果生まれた利益ではなく、営業外の利益であり、超金融緩和政策によって誘発された濡れ手に粟の儲けにほかならない。
為替相場が円安に振れただけで発生したこの7000億円強の利益が、従業員の賃上げや国内価格の引き下げなど、円安利益の還元のために有効利用されたかと言えば、そうではない。円安の利益は、国内の設備投資にも向けられなかったので、新しく雇用を創出する効果もまったくなかった。企業の内部留保金として貯め込まれただけである。
日本経済の実状を顧みないこのような大企業の内部留保金に対して、さすがに民間シンクタンクや与党議員の間でも課税を検討しはじめているようである。
たとえば、「企業の手元資金は2012年12月の第2次安倍内閣発足とその財政出動および日銀の異次元緩和以降に増えてきた。超緩和的政策は円相場を押し下げ輸出業者の利益を高めた。こうした利益を企業は今、使うべきだ。・・・金融機関以外の企業の現金と預金に2%の税率を課せば、国内総生産(GDP)を0・9%押し上げるのに十分な資金を投資に向かわせることができる。」(「日本株式会社に課税しよう、マイナス金利が道開く思い切った措置とは」、Bloomberg.co.jp/news/articles、2016年4月21日)
日銀を支配下に置き、超金融緩和政策を強行するアベノミクスは、自動車を初めとしたわが国の大手輸出企業にとって多大な円安差益をもたらしている。だが、大手輸出産業はわずかばかりの円高相場になっても、円高で輸出額が減り、儲けが減る(円高差損)といってメディアで騒ぐが、この円安の恩恵については口をつぐんでいる。
3 アベノミクスが誘う国債ビジネスと財政危機
アベノミクスのしくみの核心は、超金融緩和政策を推進する日銀の国債買いオペレーションから成り立っている。
日銀の国債買いオペ額は、アベノミクスのもとで、異常に巨大化し、年間80兆円を超えた。これは、毎年の新規国債発行額(30〜40兆円)を上回り、すでに市場で流通している既発国債も日銀の買いオペ対象になっていることを意味する。日銀が年間で80兆円を超える国債を民間銀行から買い続け、そうして供給された大量のマネタリーベース(2016年5月中の平均残高で381兆8397億円、うち民間銀行の日銀当座預金281兆3656億円)によって、政府の発行する国債を買うしくみができあがる。これは、軍事国債の直接的な日銀引受により無制限に軍資金を調達できた戦前と事実上同じしくみであり、政府と日銀の間に民間銀行を置いた国債の間接的な日銀引受として機能している。
このしくみがフル回転すると、政府にとっては、日銀信用に依存した国債発行による財政資金調達(財政ファイナンス)を禁止した戦後の財政法第5条(「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。」)の縛りを空文化し、国債発行の歯止めをなくし、国債を無制限に増発できるようになる。
その結果、最近の国債発行残高は、自国のGDPの2倍に達し、現在も雪だるま式に増大している。累積する国債によって国家財政は危機的事態に陥っている。
他方で、日銀の国債買いオペは、銀行や証券会社などの民間金融機関を相手にしているので、内外の民間金融機関にとっては、条件の悪い国債でも、いつでも日銀が高値で買い取ってくれることになり、国債売買などの国債ビジネスで利益が追求できるようになる。
実際、最近の国債売買取引高は、兆の単位を上回って1京円の水準に達し、この天文学的な国債売買市場から3メガバンクなどの大手金融機関は純利益の1〜2割にあたる国債売買益を稼ぎ出している。国家財政の危機は、内外の投資家にとって絶好のビジネスチャンスを提供している。
国家財政を収益源にする国家の債権者
周知のように国債は、政府が財政資金を調達するときに発行する借用証書であり、政府債務にほかならない。国債の増発は政府債務の累積を意味し、累積する債務の返済をめぐって、国民への増税となってのしかかる。
他方で、この借用証書を購入し、政府に財政資金を貸した国家の債権者=国債投資家サイドにすれば、一定の利子と元本の償還を政府が責任を持って実行するので、国債は安定的な収入源となる。政府債務が累積すればするほど、ますます多くの利子を受け取り、元本も償還してもらえる。なんといっても、国債の利子と元本の支払いは、国家の租税制度に支えられているので、景気にも左右されることのない安定的な収入源となり、またすぐに現金にしたいのであれば、自由に売却できる高い格付をもつ金融商品にほかならない。
国債発行の歴史は古く、すでにマルクスは、国債の本質や役割について、今日に通じる先験的な指摘をしている。
すなわち、国債の累積とは、「租税のうちからある金額を先取りする権利を与えられた国家の債権者という一階級の増大以外のなにものでもない」(『資本論』第3巻、大月書店・国民文庫⑦、1972年、284ー285ページ)のであって、国民諸階層は、このような国家の債権者(国債の投資家・保有者)に納税というやり方で利益(国債への元利金払い=一般会計予算の項目では「国債費」、2016年度で23兆6121億円)を提供する。国家の債権者にとって、「国家が負債に陥ることは、むしろ直接の利益になった。国庫の赤字、これこそまさに彼らの投機の本来の対象であって、彼らの致富の主源泉であった」(『フランスにおける階級闘争』(大月書店・国民文庫、33ページ)。
「国家の債権者」たちにとって、国債が安定した「致富の主源泉」でありつづけるためには、その支払原資となる租税の徴収が不可欠である。したがって、国債が累積した国々では、消費税をはじめとする近代的な租税制度は、国家の債権者に利益を支払うための制度に変質してしまう。この点、マルクスは、「国債は国庫収入を後ろだてとするものであって、この国庫収入によって年々の利子などの支払がまかなわれなければならないのだから、近代的租税制度は国債制度の必然的な補足物になったのである」(『資本論』第1巻、大月書店・国民文庫③、427ページ)、と指摘する。
日本のような政府債務大国では、財政当局の意図的な世論誘導により、ともすると財政赤字や政府債務の返済だけに目が奪われがちになり、増税もやむを得ないのではないかといった風潮がつくりあげられる。だが、マルクスの指摘は、それがいかに一面的で誤った認識に過ぎないか、を再認識させてくれる。国債の累積とは、国家財政を収益源にする国家の債権者(内外の国債投資家)という階級の増大を意味し、財政危機が収入源となる国債ビジネスを活性化させているのである。
官製国債バブルで稼ぐ内外の国債投資家
内外の国債投資家たちは、国家が毎年支払ってくれる国債の元利払い費を受け取っているだけでない。国債は株式と同じように売買される証券である。現代日本の国債売買市場は1京円という天文学的な規模にまで膨張した一大バブル市場になっている。このような国債バブルは、日銀の超金融緩和政策に支えられている。
現黒田東彦総裁の下での日銀による官製国債バブルの発生について、前日本銀行金融研究所所長の翁邦男氏(現京都大学教授)は、以下のように指摘する。「償還価格が確定している国債は理論的にはバブルが起きにくい資産と考えられてきたが、中央銀行が損を被ることで政策的に国債バブルをつくれるというのがマイナス金利付き量的・質的緩和を可能にするメカニズムということになる。・・・しかし、国債を買った投資家は損失を覚悟しているわけではなく、日銀に売り抜ける利益を期待しているに過ぎない。」(「「マイナス金利付き量的・質的緩和」とは何か」『世界』2016年4月号、99ページ)、また「日銀が損失を負担し償還価格以上の価格で国債を買うということは、日銀が長期国債市場で政策的にバブルを作っている、ということを意味する。」(「需要先食いで自然利子率低下もQQEで国債バブルを醸成」『エコノミスト』2016年4月19日号、31ページ)
この国債バブルに支えられ、しかも、超高速取引を駆使した国債の売買取引は、国債売買高を天文学的な規模にまで膨張させ、2015年度、1京250兆円(先物を除く)に達した。国債売買市場はわずかの価格差を利用して売買差益を稼ごうとする一大投機市場になった。ヒルファデングによれば、「投機は容易にこれを支配することのできない一大市場をこそ前提とする」(『金融資本論』大月書店・国民文庫㊤、1964年、285ページ)ので、毎年30〜40兆円の新規国債が増発され、発行残高も910兆円に達する日本国債市場は、内外のファンド・金融機関・大口投資家などからなる膨大な投機マネーにとって、理想的な投機市場になっている。
この天文学的な国債投機市場から、三菱UFJ・みずほ・三井住友の各フィナンシャル・グループ(FG)が稼ぎ出す国債売買差益は、各年によって変動するが、2013年3月期の国債売買差益は、3メガバンクFG合計で、3087億9700万円に達し、当期純利益の14・0%を占めた。投機的な国債売買差益がメガバンクの主要な収益源になっていることがわかる。なかでも最大のメガバンク三菱UFJFGの場合、当期純利益の19・8%を国債売買差益に依存していた。実体経済が不況に陥っていても、政府保証の国債ビジネスは、内外の国債投資家の致富の源泉になっている。
財政ファイナンスと財政危機
日銀が、国債買いオペというやり方で、国債投資家から国債を高値で買い取り、その度に投資家サイドは国債売却益の恩恵にあずかり、政府も低金利国債が増発でき、借金に依存した財政資金調達を継続できる一方、日銀には損失が積み上がる。
元日銀副総裁の岩田一政氏は、安倍政権下で、「日銀が高い価格で国債を買うことで過去3年間ですでに8兆円超の損失が生じている。」(ロイターニュース、2016年4月21日)と指摘している。アベノミクスの3年間で日銀が抱えこんだ損失はすでに8兆円を超えたことになる。日銀の利益は一般会計に納付されることになっているので、日銀が損失を出すと、この国庫納付金が減額され、その分歳入が不足するので、めぐりめぐって国民の負担に転嫁される。
それだけでなく、国債の新規発行額の2倍以上の国債買いオペが継続されてきたので、民間金融機関から買い取った大量の国債は、日銀のバランスシートに積み上がり、2016年5月31日現在で、370兆5146億円に達している。いまや日銀は、国債の最大の所有者になった。このようなことはいつまでもつづかない。
すると、いつか日本国債が発行できない、つまり売れなくなり、価格が大暴落する日がやってくる。日銀を支配し市場を操ってきたアベノミクスは、逆に市場メカニズムの大反撃に直面する。異次元金融緩和政策の「出口」を考慮することなく、アクセルだけを踏み込んできた「アホノミクス」のツケが一挙に表面化する。
日銀のバランスシートは破壊され、国際社会における円の信認は失われ、極端な円安と円危機が発生する。金融機関の経営破綻が続出する。日本初のリーマン・ショックならぬアベノミクス・ショックが世界を襲う。
財政サイドでは、国債金利の暴騰から一般会計の国債利払い費が飛躍的に増大する。財務省の推計では、国債金利が2%上昇すると、一般会計の「国債費」は、2016年度で2兆円、17年度4・8兆円、18年度8兆円も増大することになり、消費増税3%が吹き飛ぶ。そうなれば、消費増税と緊縮財政が同時に断行され、国民生活は破壊される。戦前の例では、終戦後のハイパーインフレが国民生活を破壊した。ギリシア危機の日本版が出現する。しかもその影響力は桁違いであろう。
このような最悪の事態は、市場メカニズムに沿った累積国債の暴力的な「解決」のやり方である。そのリスクは国民生活に全面的に転嫁される。だが、立憲主義のもと、国会で、市場メカニズムを法的に規制し、その暴力的な解決を防止しつつ、国民の生活と権利を保護した内容での問題解決の選択肢が決定されるなら、事態はまったく違う世界を描くであろう。
まとめにかえて〜パナマ文書の内側の世界に課税せよ〜
いま、世界の大資本と富裕層に衝撃が走っている。パナマの法律事務所モサック・フォンセカから流出した約1150万点の機密文書(「パナマ文書」)の1部が、2016年4月3日、世界中に公表されたからである。租税回避地(タックスヘイブン)に密かに安全に蓄えておいたはずの巨万の富(世界全体でほぼ3000兆円と推計)の身元が暴かれ、白日の下にさらされつつあるからだ。
日本からケイマン諸島への証券投資残高は、2015年末時点で、わかっているだけで約72兆4264億円に達している。この金額に対して、次に予定されている消費税率と同率の10%課税するだけで7兆2426億円(消費税3・6%に匹敵)の税収が得られる。国税庁は、2014年、5000万円超の海外資産を保有する富裕層に「国外財産調書」の報告を義務づけたが、その人数はほぼ10万人と推測されている(「パナマ文書 ずるい税金逃れ」『エコノミスト』2016年5月24日号)。
野村総合研究所の調べによれば、日本国内の5036万世帯のうち、純金融資産を1億円以上保有する富裕層は全世帯の1・6%にあたる81万世帯であり、その金融資産総額は188兆円に達している(野村総合研究所『NEWS RELESE』2012年11月22日)。生活費にはまったく支障のないこの188兆円に10%課税すると、現行消費税の年間税収ほぼ17兆円を上回る18兆8000億円の税収が発生する。
さらに税収増という点では、消費増税ではなく、賃金にも新たな設備投資にも使われていない内部留保金300兆円への課税、現行23・9%まで引き下げられた法人税率を1980年代までの40%台に引き戻し、また50%台に引き下げられた所得税や相続税の最高税率を1980年代までの75%台に引き戻すだけで、莫大な税収が発生する。現代日本の歳入不足と財政危機は、租税の応能負担原則を徹底させることで回避できる。
富と貧困との敵対的な蓄積は近年加速化し、わずか62人(男性53人と女性9人)の最富裕層の保有する金融資産が、世界人口の半分の低所得層36億人の金融資産に匹敵するほど富の一極集中が進んだ(Ray Offenheiser, The 62 richest people, and you, 08 Feb.2016)。
アベノミクスの3年間の実績は、この政権の立ち位置が、税金逃れの大資本と富裕層が棲息する「パナマ文書の内側の世界」にあり、財政危機のリスクをビジネスチャンスにするサイドに立つことを証明してきた。国民の生活と権利、民主主義を破壊するこのような政権には、一刻も早い退陣が求められている。
[参考文献]大資本・富裕層など1%が主権者の国民を収奪するしくみについては、拙著『99%のための経済学入門〜マネーがわかれば社会が見える〜』、現代の国債問題についてより詳しくは拙著『国債がわかる本〜政府保証の金融ビジネスと債務危機〜』(いずれも大月書店刊)を参照願えれば、幸いである。