64. 財政ファイナンス・日銀トレードと国債ビジネス
〜国家と中央銀行を利用した金融独占資本の資本蓄積〜
《要旨》 国庫の赤字が経済規模の2倍を超過し、破綻に瀕しつつある国で、「国庫の赤字」をビジネスチャンスとし、「致富の主源泉」(マルクス)とする内外の大手金融機関は、「国庫の赤字」と「日銀トレード」を梃子に資本蓄積を増進している。国債大量発行に依存した国庫の資金調達と国債オペレーションを駆使した日本銀行の金融政策は、国債市場におけるプライマリーディーラーである内外の大手金融機関の国債ビジネスを活発化させているからである。国家の徴税権と中央銀行信用を利用したこのような現代日本の国債ビジネスは、近年、異次元のリスクを累積させている。
目次 1 問題提起 2 財政ファイナンスと国債ビジネス 1. 国庫の赤字は金融独占資本の収益源泉 2. 日銀の国債買入に依存した国債増発 3. 隠蔽される財政破綻と国債バブル 4. 日銀の独立性の剥奪と膨張する資産 3 日銀トレードと国債ビジネス 1. 活発化する日銀トレードと国債投機 2. 国債の高値買入と隠れた補助金 3. 膨張する日銀当座預金と利子収入 4 結語
政府が財政資金調達のために発行する国債(国庫債券)は、政府が元利払いを保証する証券である。この証券は、国家の徴税権に支えられているので、投資の基準となる信用格付でトップクラスに位置する金融商品にほかならない。 国債は、現代では経済成長や景気対策の財源調達のために増発されてきた。銀行・証券会社などの民間金融機関は、増発される国債の引受、入札、売買、保有、償還といった多様な国債ビジネスを展開し、手数料、利子、売買差益、償還金など、多様な国債関係収益を獲得してきた。 現代日本は、一般会計歳入の3〜4割が国債発行に依存し、国債の増発なくして予算を組めない事態に陥っている。毎年、30〜40兆円の新規財源債と100兆円を超える借換債の発行が持続できたのは、日銀信用に依存して国債が発行されてきたからである。 とくに第2次安倍政権下の政府と日銀との「政策連携」は、「デフレ脱却」、2%の物価上昇が最重要課題とされ、歴史上例を見ない異次元金融緩和政策が断行された。日銀は国債発行額を上回る金額の国債を買い入れ、空前の緩和マネーを民間金融機関に供給しつづけてきた。 政府との「政策連携」を担わされた日銀は、民間金融機関から数十兆円、近年では100兆円前後の国債の買入を繰り返し、その買入代金を受け取った民間金融機関は、政府の発行する国債の引受や入札に参加し、国債を購入してきた。そのため、政府は国債の市中消化基盤である民間金融市場の動向から相対的に独立し、財政法第5条を空洞化させ、ほぼ無制限に国債を増発できた。 日銀信用に依存したこのような国債増発メカニズムは、民間金融機関にとって、保有国債はいつでも日銀が高く買い取ってくれるメカニズムとして機能し、日銀との間の国債の売買取引=日銀トレードを活発化させた。 日銀トレードにおいて、日銀は民間金融機関から額面を上回る高値で国債を買い入れたので、民間金融機関には国債売却益が発生する一方、日銀は国債の償却負担という損失を抱えこんだ。しかも日銀の国債保有額は、国債発行残高の4割台に膨張し、国債価格の下落は日銀のバランスシートを破壊するほどのリスクを抱えこんでしまった。 他方で、日本の国債ビジネスに参加した内外の金融機関、その主役は少数の金融独占資本であるが、OECD諸国で最大の財政赤字・政府債務大国から、国債関係の多様な収益を獲得してきた。現代日本では、国家と中央銀行を利用した内外の金融独占資本の資本蓄積が増進している。
日本の政府債務総額(「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」)は、2018年6月末現在、1128兆5280億円である。各国を比較したOECDによれば[1]、2018年現在、日本の政府債務総額の対GDP比は225%であり、財政破綻したギリシア182%、戦後の代表的な財政赤字国のイタリア153%、さらにポルトガル145%、フランス122%、イギリス117%などと比較しても、日本は世界最高の政府債務大国の水準に達している。各国の政府債務の中心を占めるのは、国債発行残高であり、日本の場合、近年増発されてきた普通国債発行残高は、857兆2445億円に達している。 国債発行残高に関する従来の分析は、政府債務や確定利付債券の保有問題として検討される傾向が強かった。だが、このような分析視角では、国債の発行や保有の局面に限定され、国債の発行・売買・償還・保有などの全局面において、国債が金融商品として機能していることが看過される。世界の大手金融機関・投資家は、各国政府の発行する国債の全局面を網羅する資本蓄積を展開し、世界の国債市場を通じて莫大な収益を実現している。その対極で各国国民は国家の債権者に献納するための重税に苦しめられている。 各国政府が発行する国債は、現代資本主義経済のもとでは、トリプルAなどの格付をもつ金融商品として取り引きされている。国債の売買高は、日本だけでも1京円を超過する天文学的な市場を形成し、世界の大手金融機関・投資家に莫大な収益(国債売買差益)を提供している。大手金融機関・投資家による国家相手の国債ビジネスを通じた資本蓄積の収益源泉は、国債引受手数料+売買差益+利子収入+賃貸手数料+担保物件+リスクフリー資産(BIS規制対策)など、多種多様な分野におよんでいる(図表1)。 周知のように、国債や国庫の赤字問題は、古くから存在している。この問題について、すでにマルクスは、「国庫の赤字」は、国債投機業者や国家の債権者の「致富の主源泉」であった、と以下のような重要な指摘をしていた。 ①「国家が負債に陥ることは、むしろ直接の利益になった。国庫の赤字、これこそまさに彼らの投機の本来の対象であって、彼らの致富の主源泉であった」[2]。 ②「国債は国庫収入を後ろだてとするものであって、この国庫収入によって年々の利子などの支払がまかなわれなければならないのだから、近代的租税制度は国債制度の必然的な補足物になったのである」[3]。 ③「国債という資本の蓄積が意味するものは、・・租税額のうちからある金額を先取りする権利を与えられた国家の債権者という一階級の増大以外のなにものでもない」[4]。 何れの指摘も含蓄に富んでいる。このように、マルクスは、国債について、もっぱら国家債務として理解するのではなく、過剰な貨幣資本の利殖の対象として、投機業者や国家の債権者に国債ビジネスの機会を提供し、国家のピンチはビジネスチャンスであり、国家のリスクはリターンをもたらす、と認識していた。 現代日本において国債ビジネスを主導するのは、国内勢としては、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行、野村證券、大和証券などの大手金融機関、外国勢としては、ゴールドマン・サックス、メリルリンチ、シティグループなどのアメリカの大手証券会社、ドイツ証券、BNPパリバ証券、UBS証券などヨーロッパの大手証券会社であり、財務省が指定した「国債市場特別参加者」(プライマリーディーラー)に名を連ねる21社の内外の大手金融機関である(図表2)。これらの大手金融機関は、日本の国債市場だけでなく、グローバルな金融市場において独占的な支配力を有する現代の金融独占資本にほかならない[5]。国庫の赤字・政府の債務が増えれば増えるほど、彼らの国債ビジネスは活性化し、「彼らの致富の主源泉」は増大してきている[6]。
日本を世界最高の政府債務大国に押し上げたのは、日銀信用に依存した国債増発メカニズムがフル回転しているからである。 各国の中央銀行は、2008年9月のリーマン・ショックを契機に、政策金利の引き下げに加えて、国債の買入による大規模な金融緩和政策(Quantitative Easing 量的金融緩和)に踏み出したが、すでに世界に先駆けてゼロ金利や量的金融緩和政策を推進してきた日本銀行は、買入国債の金額を2008年12月に改定し、「これまで年14.4 兆円(月1.2 兆円)ペースで行ってきた長期国債の買入れを、年16.8 兆円(月1.4 兆円)ペースに増額する」[7]決定を行った。 以後、毎年のように国債の買入額は増額された。とくに、2013年4月から安倍政権の経済政策(アベノミクス)が始動しはじめると、日銀による国債の買入額は、異次元に増額され、政府の国債発行額の大半を占めるほどに巨額化した。2016年に至っては、国債買入額(144兆円)が国債発行額(新発債と借換債の合計額143.5兆円)を超過し、買入比率は100.3%に達した(図表3)。日本銀行の国債買入額が国債発行額を超過するほど巨額化すると、日銀信用に全面的に依存して国債が発行されることになり、国債増発の歯止めはなくなる。 周知のように、第2次世界大戦時の日本の軍資金調達のために増発された国債は、長引く戦時下での「財界萎靡、金融窮屈の為」、民間部門における国債消化が困難な情勢下での「窮余の一策」[8]として、日銀の直接的な国債引受に依存した。国家財政の資金調達が中央銀行に依存する財政ファイナンスは、戦後になると、戦禍への反省とインフレ懸念から、財政法第5条によって禁止された。すなわち「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない」。 だが、日銀が政府から直接国債を引き受けなくとも、民間金融機関を介した日銀の国債買入額が国債発行額に匹敵するようになると、財政法第5条の規定は空文化する。安倍政権下では、新発債も借換債も、ほぼ全額日銀が買い入れてくれるので、政府は、国債の市中消化余力や民間資金の動向に牽制されることなく、自由に国債が増発でき、財政資金調達が可能になる。これは、日銀による間接的な国債引受であり、事実上の財政ファイナンス[9]といえよう。 財政法第5条に規制される戦後の場合、日銀による直接的な国債引受は禁止されたが、新しい財政ファイナンスのやり方が駆使されている、といってよい。それは、民間金融機関を窓口にすることである。つまり、日銀が民間金融機関の保有する国債を買い入れ、その代金(マネタリーベース)を供給するー民間金融機関は日銀から受け取った代金で政府の発行する国債を購入するー政府は民間金融機関が恒常的に国債を購入してくれるので、いくらでも国債が発行できるー、といった国債発行メカニズムが作動する。しかも、直接政府からではなく、民間金融機関からの日銀の国債買入方式は、内外の批判に対して、財政資金調達のためでなく、金融政策のためなので、財政ファイナンスではない、との強引な金融当局の答弁に余地を与えることにもなる。たとえば、日銀の若田部昌澄副総裁は、国会で、「現在の日銀の国債買入は、物価2%目標の実現に向けた金融政策上の目的で行っているので、・・・政府による財政資金の調達を助けることを目的とする、いわゆる財政ファイナンスを行ってはいない」[10]と答弁している。 民間金融機関を窓口にして、日銀の国債買入と政府の国債発行が一定のタイムラグを置いて同時に進展している。たしかに、このやり方だと日銀が政府から直接国債を引き受けていない。だが、民間金融機関による国債購入資金の出所は、その元をたどれば日本銀行に行き着くので、実質的に、「国債のマネータリゼーション」が進展していることになり、日銀信用に依存して財政資金が調達される「財政ファイナンス」が行われていることになる。
日銀の国債買入に依存した国債発行メカニズムが作動するようになると、国債が際限なく増発され、政府債務が累積するというだけではない。日銀によって国債が大量に買い支えられるので、国債価格は暴騰し、官製バブルが演出される。国債価格の暴騰(=国債金利の暴落)は、国債利払費を低水準に押し止め、国債費を負担する政府にとって、政府債務の負担を軽減化させ、財政破綻を先送りできる。 安倍政権下では、長期国債の金利は長期間ゼロ%近傍、ときにはマイナス金利を記録した。これは、政府の国債利払費を低水準に抑えこむ効果を発揮する。普通国債の利率加重平均は、バブル崩壊後の金融緩和基調のもとで、1990年度末6.1%、2000年度末2.67%、2010年度末1.29%と低下傾向にあったが、最近の日銀の大量国債買入やマイナス金利の導入などにより、2018年度末には1%を下回る0.95%を記録している。これは、自国のGDPの2倍ほどの累積国債を抱えているのに、一般会計から歳出される国債元利払費(23.3兆円、うち利払費9兆円)が低く抑えこまれる背景にほかならない。 ブルームバーグ社の試算によれば[11]、アベノミクスが動き出した2013年度からの5年間で、異次元金融緩和の恩恵により国債発行コストは、ほぼ5兆円抑制された。10年物長期国債の平均利回りは、異次元金融緩和以前の2012年度発行分は0.81%であったが、2017年度には0.06%へと暴落し、5年物の中期国債にいたっては、同時期でみると、0.26%からマイナス0.1%へと暴落しているからである。 主要な国債銘柄である長期国債金利すらマイナス金利を記録するまでに国債価格が暴騰し、表面金利が暴落すると、政府にとっては、国債利払費や財政赤字の膨張を押しとどめることになるが、投資家にとっては、投資物件としての国債の旨味は減少する。国債に投資し、保有することで政府から支払われる国債金利を受け取る国債ビジネスは限界を迎える。国債の大量保有者であった民間銀行は、旨味のなくなった国債を日銀に高値で売りつけ、国債売却益を得ながら国債保有額を激減させてきた。国債ビジネスは、国債保有によるインカムゲイン狙いから、投機的なキャピタルゲイン狙いの売買取引へシフトする。 異次元金融緩和政策が発動され、国債の価格暴騰=金利暴落が持続するようになると、国債の保有構成に大きな変化が発生した(図表4)。従来の大口の国債保有者の民間銀行は国債保有額を激減させた。民間の大口の国債投資家から日本国債が見捨てられるようになると、本来であれば、国債の発行は不可能になり、財政破綻が表面化する。にもかかわらず、国債が増発され、破綻が表面化しないのは、日銀による国債の大規模買入が継続され、日銀信用に依存した国債発行が行われているからである。
最近の財政ファイナンスを可能にしたのは、日銀の独立性が政府によって剥奪されたからである。第二次安倍政権が動き出すと、内閣府・財務省・日本銀行の三者の連名で、2013年1月22日、「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携」の強化と一体化を目的とした「政府・日銀の共同声明」[12]が公表された。その内容は、「金融緩和の思い切った前進」であり、民間金融機関の保有する国債などの金融資産を前例のない規模で買い入れ、その買入代金を民間金融機関に供給する異次元金融緩和政策である。安倍首相は、古くからの「お友達」の黒田東彦氏を日銀総裁に任命し、日銀政策委員会や金融政策決定会合に政権の意向が強く反映される人事を断行した。中央銀行としての日銀の独立性は、安倍政権下で剥奪された、といってよい。これによって、中央銀行が政府の発行する国債の消化機関化し、国債の大規模買入を通じて、累積国債という政府債務は日本銀行のバランスシートに移転された。 最近10年間の日銀のバランスシートを比較してみよう(図表5)。リーマン・ショック直前の2008年4月の日銀の総資産は、107兆円であった。その中心は国債67兆円であり、これは2001〜06年に採用された国債買入による量的金融緩和政策の帰結である。この時期では国債保有額が増えたといっても、発行銀行券75兆円を上回ることはなかった。 だが、リーマン・ショック後、「長期国債の買入れを、年16.8 兆円(月1.4 兆円)ペースに増額する」ようになると、日銀のバランスシートは膨張していく。2013年4月の日銀の国債保有額は、この5年間でほぼ倍増し、127兆円に膨張し、総資産を 162兆円に押し上げた。さらに注目されるのは、アベノミクスが本格始動した2013年4月からの5年間をみると、日銀の国債保有額は、3.5倍の449兆円(2018年4月)に膨張し、総資産を530兆円に押し上げている。このような日銀の資産膨張は、リーマン・ショック対策としてQE量的金融緩和を行ってきた各国中央銀行の資産膨張の規模を凌駕し、歴史上未知の異次元のリスクを抱えることになった。 各国中央銀行の資産規模を自国のGDP比で比較(2018年5月現在、円換算)すると、アメリカのFRBの総資産473兆円は、アメリカの対GDP比で約23%、EUのECBの総資産580兆円はEUの対GDP比で約26%、ところが日銀の総資産541兆円は自国のGDPを超越し、日本だけ102%に達している。 日銀が買い入れ保有する国債は、政府が発行するとはいえ、民間の株式同様、価格変動リスクのある証券である。日銀のバランスシートを毀損する価格変動リスクのある資産保有については、発券銀行としての中央銀行の信認を維持するため、日本銀行券の発行高の範囲内に収める「日本銀行券ルール」〔2001年日銀の内部規定〕が守られていた。だが、このルールは、大規模の量的質的金融緩和政策に踏み出した安倍政権下の2013年4月に適用の停止が決定された。 安倍政権との政策連携を強化し、アベノミクスの三本の矢[13]に組み込まれた黒田日銀は、年間96〜144兆円程度の国債買入を継続してきた。そのため、直近の2018年8月31日現在、日銀の国債保有額は468兆2067億円に達し、日本銀行券発行高104兆7501億円の4.5倍に達する事態に陥っている。日銀の総資産も550兆9363億円に膨張した。 今後、なんらかの事情で国債価格が下落した場合、日本銀行は資産の劣化と巨額損失に逢着し、日銀信用は毀損する。それは、対外的には急激な円安を誘発し、輸入物価を押し上げ、それと連動して国内物価の高騰・インフレを誘発し、国民生活を直撃することになろう。 日銀の独立性を剥奪し、アベノミクスに組み込んできた政府の場合、増発され累積する国債は財政破綻を誘発し、国債価格の下落は長期金利の上昇となって国債の利払い負担を膨張させ、一般会計歳出中の国債費を吊り上げ、社会保障関連費などの国民生活関連予算を切り詰め、財政緊縮による国民生活破壊をもたらすであろう。
日本の国債売買市場の規模は、1京円前後の天文学的な規模に達している[14]。政府の発行する国債は、民間企業の株式と違い証券会社だけでなく、銀行も参入でき、先物取引や超高速取引などの多様な取引が行われる最大規模の金融市場である。この市場では、投資家との対顧客取引よりも、銀行・証券のプロの債券ディーラー間の売買が活発であり、日銀も加わり、むしろ日銀は国債市場の中心的な存在として注目されている。 まず、日銀による国債の大規模買入の具体例をみておこう。ブルームバーグ社の報道によれば、2016年12月14日に実施された日銀の国債買入は以下のようである。 「午前10時10分。日銀は5本の長期国債買い入れオペの実施を通知した。買い入れ総額は1兆5500億円に上る。3つの残存年限区分を同時に通知した。また、残存期間「10年超25年以下」が2000億円、「25年超」が1200億円と、前回から100億円ずつ増額。」[15]。2013年4月以来、日銀による国債の買入額はほとんど青天井ともいえるほど巨額になった。日銀は、この日も、国債価格の下落・金利上昇懸念から、1日で1兆5500億円に達する巨額の国債を民間金融機関から買い入れている。 しかも、日銀の国債買入価格は、民間金融機関が財務省から購入した価格よりも高めなので、民間金融機関にとっては日銀に国債を高値で売却することで国債売買差益を獲得できる。この点について、国債の個別銘柄(2015年3月22日発行の20年利付国債(第156回)・発行額1兆890億円)を例にとって、民間金融機関と日銀との国債売買取引=日銀トレードにおける国債売買差益の発生をみておこう[16]。 ①2015年3月22日、銀行・証券会社は、表面金利0.4%、発行額1兆890億円の20年利付国債(第156回)を額面価格の100円よりも安い99円49銭で財務省から購入する。 ②ほぼ1ヶ月半後の2015年5月9日、銀行・証券会社は、この国債を日銀トレードで日銀に104円25銭ほどで売却し、購入価格と売却価格の差額=4円76銭の国債売買差益を獲得した。ここで例示した、額面100円は理論価格なので、売買の単位を現実の売買取引価格(1兆890億円)に換算しなおすと、銀行・証券がこの日の日銀トレードで獲得した国債売買差益は、4円76銭ではなく、476億円に達する。 ③民間銀行・証券会社は、このような日銀トレードを通じて、わずか1ヶ月半ほどで476億円の国債売買差益を獲得している。これは、年間に換算すると、38%超の国債運用利回りを実現したことになる。周知のように、一般の国債利回りはゼロ近傍の水準にあるのに、日銀トレードによって民間金融機関は破格の高利回りを実現したことになる。 通常の国債売買市場とちがい、数千億円もの巨額の国債を一挙に高値で売却できる日銀トレードは、民間金融機関にとって、格好の収益源泉を提供している。とくに、国債の非価格競争入札や買入入札などへの参加資格が財務省によって特別に与えられ、潤沢な資金を運用する「国債市場特別参加者」(プライマリーディーラー)などの内外の大手金融機関20数社は、日銀トレードで独占的に巨額の収益を獲得してきた。 日本の3メガバンクなど大手銀行が、最近の10年間(2008年〜2017年)で、日銀トレードを含む国債売買取引で獲得した収益に目を向けると、ピークを記録した2013年3月期決算では、業務純益の23.1%に達する7562億円の収益を上げている(図表6)。超低金利下で本業の貸出業務からの金利収入が低迷する銀行にとって、日銀トレードは、中央銀行に依存した資本蓄積の主要な舞台となっていた。 だが、異次元金融緩和下の異常な低金利の長期固定化は、国債保有から発生する金利収入を低下させ、民間銀行は過去に安値で買っていた保有国債を日銀に高値で大量売却し、国債売買差益を得ながら国債保有高を激減させていく。国債市場は品不足になり、取引も低迷し、日銀トレードの利ザヤ(売買差益)も縮小し、大手銀行の国債売買差益(表中の「債券等関係損益」)は、減少していく。アベノミクスの第1の矢を担った日銀の史上例を見ない異常な金融緩和政策の限界が表面化したことになる。 証券会社の場合、日銀トレードや債券ディーラーの回転売買にともなう資本蓄積の増進は、近年のトレーディング収益の拡大にみることができる(図表7)。伝統的な証券業務は、株式や債券の引受・売出、委託売買等の手数料収入が中心であり、証券会社の純業務収益のなかで7割台を占めていた。だが、最近では6割台に後退し、代わって国債の売買差益を狙った投機的なトレーディング収益が3割近くを占めるようになった。 民間金融機関と日銀との間の日銀トレードが活発化すると、「10年債は売り手が財務省、買い手が日銀で発行額の8割が終わっており、市場は横流ししているだけ」[17]といった事態が進展している。 このような日銀トレードの行き着く先は、歴史的にも未体験の日本国債市場の異常事態であり、市場から国債が「消滅」し、しかも0%近傍に張り付く国債では民間投資家の利益が見込めず、国債市場から退場し、国債の取引が成立しない事態をもたらしている。 また日銀サイドでは、日銀のバランスシートに価格変動リスクのある資産として累積する450兆円もの大量国債について、そのリスクをできるだけ表面化させることなくどのように処理できるのか、といった未曾有の難問を抱え込んだことになる。
日銀が額面価格を上回るオーバーパーの高値で民間金融機関から国債を買い入れる日銀トレードが活発化すると、民間金融機関は日銀から巨額の国債売却益を獲得することになるが、他方で日銀は民間金融機関から国債を高値で買い入れた金額分だけ損失を抱えこむ。 というのも、日銀がオーバーパーで民間金融機関から買い入れ、保有する国債の満期が到来した時、政府から日銀に支払われる国債の償還金は、国債の額面価格に対してだけ適用されるからである。したがって、日銀が民間金融機関から額面を上回る高値で買い入れた国債の金額については、日銀に償還金として支払われず、そっくり日銀の損失(償却負担)となるからである。異次元金融緩和を担う日銀は、毎年80兆円を超えるペースで国債を買い入れようとしたため、どんなに高値であっても、民間金融機関から大量の国債を買い入れてきた。 毎年公表される日銀の事業年度財務諸表では、日銀の保有する国債について、額面価格ベースと簿価ベースに分けて金額が明示されている。額面価格ベースの保有国債については政府から全額償還金が支払われる。だが、額面以上の高値で買い入れたために額面金額を上回って膨張した簿価ベースでの保有国債については償還金が支払われず日銀の損失となる。2017年度の日銀保有国債でみると、簿価ベースは448兆3261億円に膨張しているが、額面価格ベースでは438兆1724億円であり、その差額分は10兆1540億円(図表8)である。この差額分は、政府から償還金が支払われないので、日銀の損失(償却負担)となる。 したがって、日銀が抱えこみ償還までに必要な将来の償却負担額は、異次元金融政策下で年々累積し、2017年度現在で、10兆1540億円に達した。この金額は日銀が民間金融機関から額面以上の高値で国債を買い入れてきた日銀トレードによる日銀サイドの損失にほかならない。別言すれば、額面以上の高値で国債を日銀に売却できた民間金融機関は、国債の売買取引という合法的なやり方で、日銀から国債売却益という「隠れた補助金」を供給してもらってきたことになる。 日銀がどの金融機関からいくらの国債を買い入れたのか、といった日銀トレードの具体的な内容については公表されていない。日銀と取引関係にある内外の金融機関は、530社ほど存在するが、数百億円や数千億円単位の国債を売買できる金融機関は、「国債市場特別参加者」(プライマリーディーラー)に名を連ねる内外の大手金融機関ほぼ20数社という金融独占資本に限られる。これらのごく少数の金融独占資本は、中央銀行を相手にした国債取引によって、今日までに10兆1540億円に達する隠れた補助金を日銀から受け取ってきたことになる。 日銀の償却負担となったこの10兆1540億円は、保有国債の満期到来時に一挙に償却されるのではなく、満期までの期間中、均等割して毎年少しずつ償却するルール(償却原価法)で償却されている。日銀保有国債の満期までの平均残存期間は、直近では7.6年と推定されるので[18]、日銀は償却負担として抱えこんだ10兆1540億円については、現在のところ毎年1兆3360億円(10兆1540億円÷7.6年)ほどを償却しており、それだけ日銀の利益が削減され、国庫納付金が減額されることになる。 2017年5月の報道によれば、「日本銀行は29日、2016年度の決算発表で、長期国債を額面を上回る価格で購入したことによる償却負担が1兆3076億円に上ったことを明らかにした。・・・(2016年度に日銀が政府から受け取った保有国債のー引用者)受入利息は2兆4945億円で、差し引き1兆1869億円が国債の利息収入として計上された。」[19]。日銀は2016年度に政府から国債の利子を2兆4945億円も受け取っているにもかかわらず、日銀のバランスシート上に計上されたのは、この年の償却負担額1兆3076億円をあらかじめ差し引いた1兆1869億円にすぎない、といった会計操作が行われている。 保有国債の利子収入などの日銀の利益は国庫納付金として一般会計予算に組み入れられるので、2017年度では、日銀の国庫納付金は償却負担額の1兆3360億円ほど減額されたことになる。民間金融機関に国債売却益を与えるオーバーパーの国債買入は、日銀に国債償却損をもたらし、債券取引損失引当金の繰入とともに、日銀の国庫納付金の減額となって、一般会計歳入を減らし、めぐりめぐって国民の負担を増やす結果をもたらしている。
民間金融機関が日銀から受け取ることのできる収益は、国債売買差益だけに限らない。民間金融機関が日銀への大量の国債売却で受け取ったマネタリーベースは、企業や家計部門への経済活性化のための貸出にまわることなく、日銀当座預金として積み上がっている。この膨大な日銀当座預金残高には、日銀からプラス0.1%の利子が民間金融機関に支払われているからである。民間金融機関が日銀から受け取る利子収入は、最近では年間ほぼ2000億円に達している。 周知のように、日銀は、2016年1月29日の政策委員会・金融政策決定会合において、史上初の「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」政策を決定した。民間金融機関が日銀に預けている当座預金にマイナス0.1%の金利を適用することで、全体の金利をさらに引き下げ、融資や投資を活発化させる、との意図であった。この意図は達成されなかったが、民間金融機関の日銀当座預金へのマイナス金利の適用というニュースだけが増幅された。だが、大半の日銀当座預金残高には、プラス0.1%の金利が日銀から支払われている。リーマン・ショック後、2008年10月からいままで無利子であった日銀当座預金にプラス0.1%の金利が日銀から支払われることになったからである。 民間金融機関の日銀当座預金は、3段階の階層構造になっている。直近の2018年6月現在では、当座預金残高全体は、372兆2160億円であるが、このうちプラス0.1%の金利が適用される「基礎残高」は208兆2730億円、ゼロ%の金利が適用される「マクロ加算残高」は138兆7910億円、そしてマイナス0.1%の金利が適用される「政策金利残高」はわずかに25兆1520億円にすぎない[20]。 つまり、民間金融機関は、マイナス金利の新設により「政策金利残高」では日銀に251億円の手数料を支払うことになったが、一番大口の「基礎残高」では日銀からプラス0.1%の利子2082億円を受け取っているので、差し引きしても1831億円の利子収入が手元に残る。とくに3メガバンクなどごく少数の大手銀行は本業の預貸金利ザヤが低迷しても、日銀から確実にプラス0.1%の利子収入の恩恵を受けている。民間銀行にとって、0.1%の付利が適用される日銀当座預金残高は、リスクフリーの安全な資金運用手段になり、貸出先の開拓などの資金運用の努力なしに日銀に預けておくだけで利子を受け取ることのできる安全な収益源泉になっている。 周知のように、民間銀行が国民に支払う預貯金金利は、同一期日の2018年6月現在で、普通預金金利で0.001%、3年物定期預金金利ですら0.015%にすぎない。それなのに、民間銀行は本来無利子であるはずの当座預金に対して日銀から0.1%、つまり銀行が自分たちの預金者に支払う100倍も高い利子収入を受け取っている。本業の預貸金利ザヤが縮小したと言っても、民間銀行は預貯金金利の100倍もの高い利子収入を日銀から受け取っている事態について、メディアはほとんど報じていない。 家計の運用資産構成・ポートフォリオにおいて、アメリカのように株式投資などハイリスク・ハイリターン型の資産運用を選好する国民と違い、日本国民はリスクフリーの預貯金が最大の運用資産になっている。預貯金金利0.001%と言った異常な低金利は、国民が銀行に100万円を預けても年間で受け取る利子はわずかに10円にすぎない。 このような超低金利は、個人・家計部門から銀行部門への金融資産の移転を促進している。超低金利は国民にとって住宅ローンなどの金利負担を軽減したが、銀行の貸出金利は預貯金金利を2〜3桁ほど上回っているので、金利負担の軽減分と減額された利子所得の差額は巨額である。低金利に移行するバブル崩壊直後の1991年の金利水準を起点にすると、その差額は、2017年までの四半世紀の累計でほぼ435兆円に達している。GDPの1年分に匹敵する金融資産が個人・家計部門から銀行部門へ移転したことになる。これは、受け取る賃金の低迷と相まって、家計部門の可処分所得を低水準に押し止め、長引く消費不況の背景ともなっている。
財政ファイナンスと日銀トレードを通じて、内外の金融独占資本は、日本の国債市場で旺盛な国債ビジネスを展開し、国債関係収益を獲得してきた。だが、日本財政と日銀は、財政ファイナンスと日銀トレードによって異次元のリスクを抱えこんでしまった。 財政ファイナンスのもと、増発され、累積する国債発行残高はGDPの2倍にまで膨張した。GDP比2倍の政府債務は、第2次世界大戦直後と同一の水準である。周知のように、戦後直後の政府債務の処理は、預金封鎖と新円切り替え、財産税の徴収、ハイパーインフレーションなどを通じて、国家債務のリスクを国民に転嫁するやり方で断行され、国民は「竹の子生活」を強いられた。現代日本は、果たしてこのような歴史を繰り返すことになるのかどうかが問われている。 日銀トレードのもと、日銀に集中した国債は発行残高の4割台に達し、各国の中央銀行と比較しても、例を見ない水準にある。政府債務を引き受け、国債を大量に保有してしまった日銀にとって、国債価格の動向・金利の動向がバランスシートに破壊的な影響を受けてしまう素地ができあがってしまった。戦前の場合、日銀が引受・保有した国債の9割台は、「公債の民衆化」を担った郵便局の窓口などで売却され、日銀保有国債は発行残高の1割に満たなかった。 現在のように日銀が発行残高の4割台の国債を保有する事態は歴史的に未体験であり、今後、日本の中央銀行と「円」はどうなるのか、予断を許さない時代が到来している。
脚注 [1] OECD Economic Outlook ,Volume 2018 Issue 1 , Annex Table 36.
General government gross financial liabilities Percent of nominal GDP, OECDHP [2] マルクス『フランスにおける階級闘争』、大月書店・国民文庫、1960 年、33 ページ。 [3] マルクス『資本論』第1巻、大月書店・国民文庫③、1972年、427 ページ。 [4] マルクス『資本論』第3 巻、大月書店・国民文庫⑦、1972 年、284-285ページ。 [5] 拙稿「現代の金融資本と金融寡頭制」『経済』2017年11月号、を参照されたい。 [6] なお、現代の国債ビジネスについては、拙著『国債がわかる本ー政府保証の金融ビジネスと債務危機ー』大月書店、2013年、を参照されたい。 [7] 日本銀行「金融政策の変更について」2008年12月19日 [8] 戦前の日銀の国債直接引受の背景は、当時の日銀副総裁深井英五『金本位制離脱後の通貨政策〔増補版〕』千倉書房、1940年、394ページ、拙著『国債管理の構造分析』日本経済評論社、1990年、「第2章国債消化における三位一体的構造」を参照されたい。 [9]現代日本の事実上の財政ファイナンス問題については、河村小百合『中央銀行は持ちこたえられるか』集英社新書、2016年、も参照されたい。 [10]参議院第20回予算委員会インターネット中継(2018年6月25日)(http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/detail.php?sid=4856&type=recorded)。 [11]占部絵美、ジェームズ・メーガ「金融緩和の恩恵で国債発行コスト5兆円抑制-13年度以降の低金利」、2018年5月14日 (https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-05-13/P8CNUY6JTSEP01) [12] 内閣府・財務省・日本銀行「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について(共同声明)」2013年1月22日 [13] 第2次安倍政権の経済政策=アベノミクスは、「金融緩和」・「財政出動」・「成長戦略」を3本の矢としたが、第1の矢は「金融緩和」である、官邸HPより。 [14] 詳しくは、前掲『国債がわかる本』大月書店、2013年、を参照されたい。 [15]船曳三郎、崎浜秀磨「日銀が国債買いオペで異例尽くし、超長期の急激な金利上昇に対応 」(2016年12月14日) ( https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2016-12-13/OI5B2T6K50Y501) [16]データは、財務省HP「20年利付国債(第156回)入札結果」および代田純『日本国債の膨張と崩壊』文眞堂、2017 年、144 ページより。 [17]船曳三郎、Chikako Mogi「日銀トレード、来月から一段としやすく-収益低下の可能性も」(2018年6月22日) (https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-06-21/PAM7Z06S972E01)国債問題の指摘は、他に、「日本国債めぐる、かつてないほどの異常事態
」東洋経済ONLINE、2018年7月15日、https://toyokeizai.net/articles/-/228734?page=3、など。 [18] 木内登英「日本銀行は保有国債の平均残存期間短期化を進める見通し」(NRI FinancialSolutioms 、2018年9月3日)(http://fis.nri.co.jp/ja-JP/knowledge/commentary/2018/20180903.html) [19]日高正裕「日銀:保有国債の償却負担、初の1兆円台、マイナス金利影響−16年度」2017年5月29日 (https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-05-29/OQHC696JTSE901) [20] 日本銀行調査統計局『金融経済統計月報』2018年8月号、5ページ、「付利の対象となる当座預金残高」。なお、2008年来の補完当座預金制度で採用されたプラス0.1%の付利のメリットは、大手銀行に集中している(勝田佳裕「日本銀行による補完当座預金制度と銀行経営」『証券経済研究』第97号、2017年3月、など)。
1 問題提起
2 財政ファイナンスと国債ビジネス
1. 国庫の赤字は金融独占資本の収益源泉
2. 日銀の国債買入に依存した国債増発
3. 隠蔽される財政破綻と国債バブル
4. 日銀の独立性の剥奪と膨張する資産
3 日銀トレードと国債ビジネス
1. 活発化する日銀トレードと国債投機
2. 国債の高値買入と隠れた補助金
3. 膨張する日銀当座預金と利子収入
4 結語
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(本文のみ、図表1〜8略)
出典:政治経済研究所『政經研究』No.111、2018年12月、より。