50. ブレグジットとアメリカファースト
戦後世界は、大転換と激動の時代に突入したようだ。2016年6月には、イギリスの国民投票はEUからの離脱(ブレグジット)を選択した。さらに、11月の米大統領選では「アメリカファースト」を掲げ、特定の国からの入国を拒否し、ツイッターで事実に基づかない爆弾発言を繰り返し、民主主義と人権を公然と否定する人物=ドナルド・トランプが大統領に当選した。不支持が半数に達する前例のない大統領の登場は、アメリカ国内の混乱と社会的摩擦を増大させ、全米各地で抗議デモや集会がつづいている。
このような事態に直面した世界各国は、対米関係や対英関係に新しい戦略的な転換を迫られ、激動の渦中に置かれることになった。大方の予測とは想定外のブレグジットやトランプ当選の背後には、現代世界に共通する深刻な問題が伏在しているようである。
まず、この2つの出来事が「想定外」であったことの意味である。各種の世論調査と報道機関の予測が外れたということは、世論調査網から漏れた多数の人々の群れが存在していた、という事実である。電話や街角のインタビューなどに応じてくれる人々は、日中に自宅にいても生活できている人々であり、差し出されたマイクに立ち止まって自分の意見が言える見識と時間の余裕のある人々にほかならない。
だが、こうした恵まれた人々は現代世界ではむしろ少数派といえる。99%の人々は日中仕事に出かけ、遅くまで職場に拘束され、街をふらついている余裕はない。だから、世論調査網には捕捉されない。ということは、世論調査結果は、その国の世論を正確に反映していないことになる。これが想定外の結果をもたらした真因であろう。
それほどまでにアメリカも、イギリスも、もちろん日本も、99%の人々にとって、ゆとりと豊かさをうばわれた生活を強いられているからであろう。資本主義の利益追求を最優先する新自由主義・市場原理主義・カジノ型金融ビジネスの先頭を走ってきたアメリカ・イギリス・日本では、近年、貧困と資産格差が急速に拡大してきたが、その結果が表面化したものといえよう。
さらに問題は、ブレグジットを選択したイギリス国民も、トランプを大統領に選んだアメリカ国民も、果たして本来の主権者としての選択をしたのだろうか、という疑問が残る。というのも、国民生活におけるゆとりと豊かさを比較したなら、イギリスの水準よりも、EUの水準が高いので、EUに残留し、自国の水準をEU並みに引き上げることが主権者の選択であったはずである。アメリカも、トランプのような目先の移民攻撃は、ストレス解消になっても、99%の国民の置かれた厳しい生活事情はなにも解決されない。そうではなく、民主社会主義者のサンダースが大統領選で主張し、多くの支持を集めていたように、多国籍企業や1%の富裕層からの所得の再分配を通じて、社会保障や労働環境を改善することこそ、アメリカの主権者の選択であったはずである。
だが、そうではなかった。イギリスも、アメリカも、そして、国民生活を破壊するアベノミクスを実行中の安倍政権の支持率が高止まりしている日本も、国民が平和と民主主義と生活と権利を担い発展させる本来の主権者として成長してきているのかどうか、そうでないとすれば、これらの国の文教行政・教育機関・教育を担う教育者たちはキチンとした主権者教育を実施してきたのかどうか、といった問題への真剣な取り組みが求められている。