6. 債務大国日本の現状と未来
はじめに
周知のように、わが国は、深刻な赤字財政に陥っています。国および地方の借金の規模(国債・地方債の発行高、各種借入金などを合計した債務残高)は、 2002年度に、692兆7619億円という天文学的な金額に達します(数値は、財務省ホームページ、以下同様)。
ほぼ700兆円というわが国の借金の規模は、あまりにも巨大すぎてイメージがわかないかも知れません。そこで一万円札の束にたとえると、新札で隙間なく 積んでいくと、100万円で一センチの高さですから、700兆円というと、その高さは7000キロメートルにまで達します。横にして、一万円札を日本列島 に並べてみると、北海道から沖縄までほぼ3000キロメートルですから、北から南まで一往復してまだ1000キロメートルもあまる、といった状況です。
この天文学的な巨額の借金は、国と地方の借金ですから、結局、私たちが将来、税金で返済しなければならない義務をもちます。すでに利子の返済だけでも毎年の予算の20%台(20兆円ほど)に及んでいます。どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。
戦時下に匹敵する赤字財政
たしかに歴史を振り返ると、政府債務の規模が国の経済規模(GDP)を上回ってしまうような時代もありました。それは、莫大な戦費調達のために軍事国債が、無制限に発行された第二次世界大戦までの戦争の時代です。
とりわけ、満州事変以降、政府の発行する軍事国債を当時の日本銀行が直接引き受けるようになってから、国債残高は激増していくことになりました。その結 果、終戦直後にハイパーインフレが発生し、物価高の中で国民の生活苦が深刻化していったのは、まだ半世紀ほど前の出来事でした。
だが、目前に存在する700兆円(うち一般会計の国債発行残高400兆円)の政府債務は、戦時下での債務でなく、第二次大戦後、とくに経済成長が転換点 を迎え、低成長期に移行した1970年代の後半以降の国債大量発行でした。わが国のGDPは、現在、ほぼ500兆円ですから、その139.6%もの債務を 抱えたことになります。
自国のGDPをはるかに上回るほどの債務大国は、先進5カ国のなかでも日本だけです。その他の国々のアメリカ、ドイツ、フランス、イギリスでは、自国の 政府債務の対GDP比は、すべて40~50%前半台にとどまっています。すでにわが国は、戦時下に匹敵するほどの政府債務に抱えられた国に転落しているこ とになります。
経済成長と公共事業に偏った予算配分
戦時下でないのに、政府債務が膨張したのは、はっきりした理由があります。戦後日本の経済政策は、借金をしてでも経済成長を最優先させたからでした。
そのやり方は、対外的には、経済摩擦に直面しながらも日本製品のどしゃ降り輸出を行いつつ、国内的には、恒常的に道路や橋、工場団地、空港、各種の公共 施設を造成することで、公共事業関連産業に向けて、財政資金による人為的な需要を喚起してやることでした。そのために不足する財政資金は、毎年、建設国債 や赤字国債などの大量発行によって調達してきたからでした。とくに、バブル崩壊後のゼネコンや大手銀行の不良債権対策、長期化する不況対策のために、90 年代に入って一挙に200兆円を超える国債が増発されました。
予算は、その国の経済社会のあり方を映し出す鏡です。図1は、先進五カ国の主な予算配分を比較したものです。これでみると、同じ先進国といっても、3つのタイプに分類できるようです。
経済成長と企業利益を最優先する「企業国家」ともいうべき国=日本、アフガン爆撃に見る世界の憲兵、最強の「軍事国家」ともいうべき国=アメリカ、社会の安定や個人の生活を優先した「福祉国家」ともいうべき国=ヨーロッパ、です。
大規模公共事業に偏った予算配分は、基本的には重化学工業育成の国内基盤充実政策であり、これから経済を成長させようとする発展途上国には必要な措置ですが、日本のこんな時代はもう30年以上も前に終わっています。
いま問題なのは、ほとんどの産業企業が生産拠点を海外に求めて、国内産業が空洞化しはじめていることです。また高齢社会の町づくりや生活基盤の整備、350万人の完全失業者の雇用、地域経済の低迷をどう食い止めるか、などの問題が問われています。
「債務管理型国家」の構想
政府債務を増やすだけで、いっこうに経済的な安定が達成できない従来型の経済政策は、抜本的に見直す必要がありそうです。
たしかに、メディアの支配的論調は、相も変わらず、財政再建か、景気対策か、といった二者択一の選択を論じています。この点で、最近、こうした問題の提 起自体が誤りである、との主張が注目を集めています。神野直彦・金子勝『財政崩壊を食い止める』(岩波書店、2000年11月)です。
両氏は、700兆円の巨大債務は、もはや、「返済不可能」との基本認識に立っています。消費税を現行の5%から30~40%に上げることなど不可能だ し、歳出を数10兆円も削減することも不可能だし、爆発的なインフレによって債務を解消しようとしても社会的な混乱と生活苦を助長させることになるので、 ことここにいたり、「債務管理型国家」を構想しない限り日本財政に未来はない、といった指摘です。
その趣旨は、「これ以上、財政赤字を増やさないが、すぐには財政赤字も返さないという政策である。つまり、一種の債務「凍結」に近い状態を作り出し、時 期を限定せずに長期間で財政赤字を返済していくのだ。」(同著、42ページ)。社会経済にとって不可欠の財政の基本的な役割を維持しつつ、長期的な展望の もとに、債務の返済を実現していくには、こうした「債務管理型国家」構想は、一定の有効性をもつものと評価されます。
福祉・生活・地域重視の政策
ただ、短期的には、目下の日本の経済社会が抱える問題への積極的なアプローチが必要です。この点で、以下の調査結果は重要です。
「雇用を増やすには,公共事業よりも福祉だ」,「社会保障の経済効果は公共事業より大きい」との調査結果が注目されています(『朝日新聞』1999年6月20日)。
1兆円を投じた効果を計算すると,生産への波及効果は、公共事業が2兆8000億円,福祉サービスが2兆7000億円とあまり変わりません。でも,雇用 の増加は,公共事業が20万7000人なのに対して,福祉が29万人と大きな差が出ます。福祉の雇用効果の方が,1兆円投入のケースで,8万人ほど多いの です(図2)。
しかも,大型公共事業の場合は,鉄やセメントなどの重厚長大型の資材を使い,ゼネコンなどの大型機械を駆使した事業となるので,いわゆる「中央直結」や 「ゼネコン本社直結」型である場合が多いといえます。これに対して福祉の場合は,その施設づくりやバリアフリーの街づくりにしても,介護サービスやホーム ヘルパーの雇用にしても,その経済効果のほとんどは,「地域直結」型,「地元還元」型です。
世界第2位の「経済大国」にまで登りつめ,かつ「高齢社会」となった日本では,これから経済を成長させようとする発展途上国のような成長目的の大型公共 事業は必要ないでしょう。むしろ老後も安心して暮らせるようなバリアフリーの街づくり,社会保障や医療・福祉の充実が,多数の国民のニーズであり,また将 来に安心感をもつことで,健全な消費も,冷え込むことなく活性化するにちがいありません。
まず、こうした安定した社会を実現しながら、長期展望のもとに債務返済が計画されるべきでしょう。
(注)図表は省略したので、詳しくは、掲載紙の『群馬評論』をご覧下さい。
『群馬評論』第90号、群馬評論社、2002年4月、掲載。
(e-mail : yamachan@edu.gunma-u.ac.jp) 【やまだ ひろふみ・群馬大学教育学部教授】
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