21. 「ライブドア・ショック」の向こうに何がみえる
株式市場のメディアの寵児の1人だったライブドア元社長の公判がはじまった。多くの株式投資家は、そのゆくえを注目しているであろうし、また注目すべきであろう。
本来、元本の保証すらないリスクの高い株式投資なのに、自分の生活資金を使ってライブドア株を買った個人投資家は、4人に1人という高い割合を示している。
たしかに、毎日のようにメディアに登場し、選挙では、与党の幹事長から「わが息子です」と紹介され、六本木ヒルズビルを拠点にして、インターネットとブ ログを使って自分と会社をピーアールしてきた億万長者の若き経営者は、時代閉塞状況に陥っている現代日本において、「一人勝ち」の成功物語を体現してい る。だが、だからといって、そのことが、ライブドア株に投資する基準になるであろうか。
むしろ、問題とされるのは、「貯蓄から投資へ」流れを変えようとする「構造改革」が、株式市場の投機熱を煽っていること、株式の売買益・配当金にかかる 税率を引き下げ(10%)、勤労所得税や住民税の最低税率の合計(15%)よりも低くし、額に汗して働いて得たお金の方が株で稼いだお金よりも税金が高く なるような社会をつくりだしていることであろう。
急拡大するネットトレーダー
日本証券業協会の調査(「インターネット取引に関する調査結果(平成18年3月末)について」)によれば、インターネットを利用した株式取引の口座数 は、約1,000 万口座に達している。なかでも、インターネットを利用して株式を売買する割合が極端に高いのは、個人投資家である。
個人投資家は、株式売買取引の7割台をインターネットを利用している。従来のような証券会社の店頭での電話や対面による取引は、2割台に落ち込んでいる。いまや、個人投資家の株式取引は、ほとんどがインターネットを利用して行われている、といってよい。
自宅や自室にいながら、インターネットを利用して株式を取引する個人投資家たちは、あたかも自分の気に入った生活雑貨、チケット、書籍、音楽配信などを購 入するのと同じ感覚で、株式投資を行う傾向にあるようである。しかも、ゲーム感覚で株式の売買取引に参加し、利益を出したら「勝ち」、損失を出したら「負 け」といったマネーゲームが繰り広げられているようでもある。
そこでは、本来、株式が発行されるのは、財やサービスを生産する企業が資本金を調達するためであり、株式投資は、そうした経済活動に株主として参加する ことである、といった株式投資の経済的な意味は不問となる。投資にともなうリスクとリターン、といった初歩的で、重要な知識や経済観念が欠落し、株式市場 は、株価の水準とその動向だけに矮小化され、株価至上主義的な株式ゲームが展開される。
そもそもなぜ株式に投資するのか、目先の利益だけのために株を買うのか、それとも、自分が投資した資金が、地球環境の改善、人類社会や平和への貢献、健康で文化的な生活を実現するために投資するのか、が問われている。
株式売買ゲームに参入する若者たち
一日中パソコンの前に座り、繰り返し株式を売買し、翌日にポジション(保有残高)を持ち越さないような日計り商いをする個人投資家(デイトレーダー)が、アメリカに次いで、わが国でも出現してきた。
アメリカで、デイトレーダーが登場したのは、20世紀末にかけて、株式市場の活況が継続し、元来、株式投資を選好する個人投資家割合が高い国であったこ とに加えて、情報通信技術が個人の株式投資にまで適用され、衛星回線を利用した超高速の株式取引システムが個人でも利用できるようになったからであった。
近年、ネット証券評議会が、2005年4月21日から5月17日にかけて実施したネットトレーダーへのアンケート調査 によると、株式投資のキャリアが、1年未満の者約3割、1~2年未満の者1割強、2~5年未満の者2割強、との結果が示された。ネットトレーダーの多く は、従来から株式投資を経験してきた個人投資家ではなく、ネットで株式の売買ができるようになったことをきっかけにして、株式市場に新規に参加してきた若 者たちであった。
東京先物証券被害研究会が実施した「金融商品110番」(2006年1月28日)の集計結果では、ネットトレーダーなど個人投資家によるライブドア株や 関連会社株への投資資金の内訳をみると、その2割強は、生活資金を充てていた。余裕資金による投資は、4割に過ぎなかった。つまり、ライブドア株の投資家 の4人に1人は、生活資金を株式投資に回していた実態が浮かびあがった。
「金融ビッグバン」改革とリスク社会の到来
1990年代半ば以降、金融諸規制の緩和・撤廃を柱とする金融ビッグバンが実施され、ハイリスクの金融商品がつぎつぎに開発・販売されるようになった。 他方において、金融・証券市場に対する監督機構の整備や金融業者に対するペナルティは先送りされ、また個人投資家をはじめとする投資家保護や消費者保護の 体制整備が十分確立されていない現状にある。
このような経済社会の状況下において、国民生活センターに寄せられる金融保険サービスに関連したトラブルは、1996年以降、金融ビッグバンが浸透するにつれて、激増し、ほかのサービスを追い抜き、相談件数のトップにでてきた。
投資信託は、金融ビッグバンのなかで、関連商品の開発と販売促進を推奨された金融商品であり、また外国債券も、対米債券投資に代表される金融グローバル化 の所産であった。いずれも、1990年代半ば以降の金融ビッグバンのなかで、急速に普及していった金融商品にほかならない。金融保険商品に関係した被害 は、株式のネットトレーダーのような若年層ではなく、50歳代26.8%、60歳代24.6%、70歳代18.0%、と中高年層に偏っているが、高齢社会 日本にとって、こうした事態は無視できない社会問題でもある、といえる。
周知のように、戦後日本の経済成長を支えたのは、額に汗して働き、高い品質の製品を生産するモノづくりの経済活動であり、株式市場は、そうした経済活動 を営む企業が資本金を調達する場であった。マネーを扱う金融機関の銀行にしても、企業の資金需要に対応して資金を貸し付け、マネーは、生産や販売といった 経済活動と直結して流通していた。
だが、このような戦後日本の経済慣行は、1970年代における低成長経済への移行、80年代のバブル経済の膨張と崩壊、そして、1990年代において、 株価と証券ビジネス、高利回りと市場原理主義を最優先するアメリカ型モデルを導入した金融ビッグバン改革と経済のグローバル化を経るなかで、大きく変化し つつある。「金で買えないものはない」と言い切るライブドアの元社長の言葉は、現代日本社会の変化を象徴しているかのようである。