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HP New face 3.jpg第2版:99%のための経済学入門.jpg  ようこそ、Netizen越風山房へ。ここは、わたしたち99%の平穏な暮らしをエンジョイするための情報発信サイトです。世界第3位の「経済大国」の豊かさはなぜ実感できないのでしょうか。株価と円・ドル相場・1000兆円の累積国債に振り回される経済から脱出しましょう。We are the 99% !! 1人1人が主権者です。この国のあり方は私たちが決めましょう。

経済社会評論集

12. イラク戦争—軍拡政府と軍需産業の経済学

はじめに

 周知のように、二〇世紀は、第一次大戦と第二次大戦に象徴される「戦争の世紀」でもあった。そして、二一世紀の幕開けは、アメリカでの同時多発テロとブッシュ政権によるアフガニスタン・イラク戦争(二〇〇一年・二〇〇三年)ではじまった。
 多くの尊い人命が犠牲にされ、街も、自然環境も破壊される戦争を望む者はいないはずだが、それでもなお繰り返される戦争の背後には、どのようなメカニズ ムが働いているのだろうか。ここでは軍拡に走る政府と軍需産業のニーズ、といった経済学の視点から問題を検討してみよう。
 すると、巨額の国防予算に支えられた兵器産業の旺盛なビジネス展開、すなわち、戦争こそ最大のビジネスチャンスとする軍拡政府と軍需産業との危険な相互依存関係の構図が見えてくるようだ。

兵器の大量受注と国防予算の拡大

 記憶に新しい湾岸戦争(一九九〇〜九一年)の時も、今回のイラク戦争(二〇〇三年三月〜四月)の時も、高額・高性能のハイテク兵器が大量に 使用された。戦争を報道するテレビでも、アメリカのミサイル駆逐艦ポーターからイラクに向けて発射されるトマホーク巡航ミサイルの映像が繰り返し流され た。
 このトマホーク巡航ミサイルの一発の値段は、八〇〇〇万円ほどということであり、開戦から三週間で七五〇発、金額に換算してほぼ六〇〇億円が消費され た。このミサイルを製造販売し、アメリカの国防予算(ほぼ五〇兆円)の中から独占的に受注しているのは、大手軍需産業のレイセオン社であり、今回のイラク 戦争によって、レイセオン社は、国防総省からミサイルの新規大量発注を受けることになろう。しかも、衛星誘導システムを備え、さらに高性能化した新型ミサ イルの値段は、一発で一億六〇〇〇万円ほどするようである。
 アフガニスタン・イラクと続く戦争で、アメリカの軍需産業(図1参照)は、大きな恩恵を受けている。同時多発テロなどの影響から旅行客が激減し、民間航 空機の需要減退で、経営が悪化していたボーイング社やロッキード・マーチン社などの大手航空機メーカーは、旅客機ではなく、戦闘機や攻撃ヘリコプター、対 戦車ミサイルなどの大量受注によって、一挙に株価も上昇し、経営も好転しはじめた。
 ブッシュ政権も、過去最大になる財政赤字には目をつぶり、今後六年間で国防予算を三二%も増大させる軍拡路線に踏み出している。国防予算の中でも、最新 鋭の兵器製造のための「研究開発」予算や軍需産業からの兵器購入にまわされる予定の「購買調達」予算が大幅に伸びている(図2参照)。アメリカ経済は、今 後、広範囲にわたって、軍需に依存する経済に踏み出したことになる。
 新聞報道(『朝日新聞』二〇〇三年四月一二日)によれば、国防予算を拡大するブッシュ政権幹部と軍需関連産業との癒着が批判されている。チェイニー副大 統領は軍需関連部門を抱えるハリバートン社の最高経営責任者であり、またイラク戦争で著名になったラムズフェルド国防長官は、ハイテク産業のゼネラル・イ ンスツルメントの最高経営責任者であった。

戦後復興ビジネスと戦争特需

 最新鋭の高性能兵器によって、バグダットの街も施設も設備も、破壊された。破壊の後には、戦後復興ビジネスが待っている。その事業規模は、 エール大学のノードハウス教授の試算では、三兆六〇〇〇億円から一二兆六〇〇〇億円にのぼる。これは、第二次大戦後の欧州復興計画(マーシャル・プラン) 以来の事業規模である(図3参照)。
 アメリカの国際開発局は、イラク復興の大規模事業をアメリカのプラント建設大手のベクテル社に発注した。その内容は、電気、水道など社会資本の復旧であ り、さらに議会の承認を受けて、空港や港湾などの大規模事業も予定されているが、これらの事業規模は九〇〇億円ほどに達するようだ。問題は、このベクトル 社が、ブッシュ政権と同じ共和党のレーガン政権時代、国務長官などを務めたシュルツ氏が役員を務めるなど、政権と密接な関係にある会社であることにある。
 ブッシュ政権がイラク戦争後の復興事業をアメリカ主導で進めていることに対して、イギリス政府が失望を表明した。さらにチェイニー副大統領が最高経営責 任者を勤めるハリバートン社の子会社(ケロッグ・ブラウン・アンド・ルート社)にアメリカ軍が油田消火事業を発注するなどの問題が浮上するにつれて、アメ リカの議会でも、ブッシュ政権との関連が深い企業にイラクの復興利権を優先的に与えようとしているのではないと、問題視する声があがっている。
 こうした事態について、ニューヨーク・タイムズ紙の論説副主任のフィリップ・タブマン氏は、「アイゼンハワー大統領が六一年の退任演説で指摘した軍産複 合体、つまり国防総省と軍需産業が相互に依存しているという問題は現在も明らかに残っている。軍産複合体の対象範囲が、軍需にとどまらず石油や医薬などに も拡大している。軍需産業による雇用創出で票を拡大したい議員も加わり、『軍産選挙複合体』と言ってもいいぐらいだ。まるで、それ自体が生き物のよう だ。」と指摘している(前掲紙)。

イラク戦争と世界経済—一極集中の終わりの始まりー

 イラク戦争は、アメリカの軍産複合体にとって、高性能ハイテク兵器の実験・消費の場、巨額の戦後復興ビジネスと軍需景気の喚起の場であったかも知れないが、世界経済と国際社会もまた、この戦争をアメリカの一極集中と支配の分岐点と見ていたようである。
 そこで出された結論は、従来のような「有事のドル買い」ではなく、過去には経験することのなかった「有事のドル売り」、つまりアメリカ経済のあり方と軍事力を背景にした一極集中的な国際戦略への明確な「NO!」、という意思表明であった。
 すでにはじまっていたアメリカ経済のバブル崩壊と景気後退、戦費負担の拡大による財政赤字の深刻化、さらには、経常収支の赤字幅の拡大、などで、今後の アメリカ経済の地盤沈下とドル安、場合によってはドル暴落の危険性が高まっていることから、すでにアメリカ・ウォール街から、国際投資家のマネーが大量に 流出しはじめている。
 つまり、高利回りを求めて地球上を駆けめぐっている巨大マネーは、いままでアメリカに流入し、そこで、IT関連株式や政府証券が買い進まれ、バブルを膨 張させ、アメリカも暴騰する株式などの金融資産を担保に過剰消費に走り、世界中の商品を買い求めてきた。財政は、加熱するバブル景気で税収が後追い的に拡 大し、赤字から黒字へ転換する。国際社会も、大口の消費市場となったアメリカに向けて輸出を拡大し、自国の経済成長を支えてきた。
 だが、加熱したアメリカのバブル景気とそれに依存した一九九〇年代の世界経済の構図は、バブル崩壊と今回のイラク戦争をきっかけに逆転し始めた。アメリカ一極集中的な従来の経済システムは、いま大きく転換しはじめた、といってよい。
 周知のように、ヨーロッパでは、ドイツとフランスを中心にした欧州連合(EU)が加盟国を拡大しつつ、世界経済の第二極になりつつある。今回、ドイツと フランスは、国連の場で、アメリカのイラク戦争に明確に反対できたことの背景の一つに、EUというヨーロッパ経済圏の基盤が固まってきたことにあろう。
 また中国を中心にした東南アジア諸国は、すでに「世界の工場」となってきている。アジア経済圏は、今後、各国の所得水準の高まりとともに、今世紀の遅く ない時期に世界最大の消費市場を実現し、世界経済の中心になってゆくであろうことは疑う余地がない。人口で単純に比較すれば、中国は、将来的には、アメリ カの五個分に匹敵する大口マーケットになりうるからである。

軍需経済か、平和経済か

 軍拡政府と軍需産業の経済メカニズムが作用しているのは、アメリカ一国ではない。先進諸国も程度の違いはあれ、同じような事態が見られるし、わが国についても、例外とはいえない。
 GDP一%以内に押さえ込まれている日本の防衛予算といっても、GDPは、年々拡大(現在ほぼ五〇〇兆円)してきており、それに応じて、ほぼ五兆円にま で拡大してきたわが国の防衛予算の規模は、先進国の中では、すでに英・独・仏を追い抜き、アメリカに次ぐ軍事予算大国に成長してきている。
 すでに、先進国中最大の財政赤字大国に陥っているわが国は、高齢社会の到来とあいまって、今後、莫大な軍事予算を継続するのか、それとも平和な社会と産業のために、緊縮される予算を配分していくのかが問われているといえよう。

【やまだ ひろふみ・群馬大学教育学部教授】
    (e-mail : yamachan@edu.gunma-u.ac.jp)
『群馬評論』九五号、群馬評論社、二〇〇三年七月


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