55.異次元金融緩和で積み上げた負の遺産
はじめに
第2次安倍政権は、自ら掲げた政策目標を達成できませんでした。刀折れ、矢尽きた安倍政権がやったことは、政策論議も、疑惑追求も拒否し、国会を冒頭解散することでした。
だが、5年つづいたアベノミクスは、日本の経済社会に甚大な負の遺産を積み上げてしまいました。なかでも、第1の矢を担った異次元金融緩和政策は、計り知れないリスクと将来におよぶ負の遺産を積み上げました。
日銀を「私物化」した安倍政権
金融緩和とは、中央銀行(日銀)が通貨供給量を増す政策を実施することです。そのやり方は、政策金利(公定歩合)を引き下げ、民間銀行から手形や国債を買い入れ、通貨を供給してやることです。そうすると、企業の資金調達が容易になり、景気回復に役立つ、と想定されています。
異次元金融緩和とは、日銀が、第1に、従来と次元の違う大量の国債買入を断行し、ジャブジャブの通貨を供給するだけでなく、第2に、リスクの高い民間の株式さらには不動産まで買い入れ、株式市場・不動産市場にも直接通貨を供給し、「官製バブル」を発生させる、という禁じ手の、他国に例を見ないような超金融緩和のことです。株価の上昇は、アベノミクスのおかげで景気が回復した、との印象を与えることになりました。
そのしくみ(図略)の中心は、中央銀行の日銀です。安倍政権は、戦前の軍事政権がやったように、いわば「金庫」として日銀を利用することでした。そのために、父親の秘書時代からのお友達の黒田東彦氏を日銀総裁に大抜擢しました。
だが、アベノミクスは破綻しました。2%の物価上昇も、3%の経済成長率も、まったく絵に描いた餅となりました。それは、賃金カットやリストラ、消費税率引き上げ、年金削減などで、国民生活が深刻な消費不況にある実体経済を放置したままで、大企業・大銀行・富裕層・大口投資家を優遇するまちがった金融政策(貨幣数量説)に走ったからです。
株式バブルで資産格差を拡大
日銀が株式を買い支えるというアベノミクスの異次元金融緩和は、株高を期待する内外の投資家を日本株投資に駆り立てました。世界各国はリーマン・ショック対策から金融緩和政策を採用し、過剰なマネーが発生していたので、これ幸いとばかり、日本に流入しました。安倍首相も、日本に投資してくれ(Invest Japan!)と海外で営業していました。
その結果、日経平均株価は、1万円前後の水準から2万円台まで2倍も値上がりしました。日本株の主要な所有者である大企業・大銀行・富裕層、そして外国の株式投資家は、安倍政権下で、株式資産を2倍に膨らませることができました。
他方で、貯蓄のない3割の世帯をはじめ、株式投資には縁のない圧倒的多数の国民にとって、株高のメリットはありません。むしろ、わずかな貯蓄を銀行預金にしているため、資産は膨らむどころか、100万円を預けても1年間で受け取る利子はたった10円、といった異常に低い金利に泣かされています。安倍政権下で、国民の資産格差が急速に拡大しました。年間所得120万円台の生活を余儀なくされる世帯の割合が上昇し、日本の貧困率は世界のトップレベルになりました。
5年間の安倍政権下の実質経済成長率は年平均でわずか1・1%なのに、株価だけ200%も上昇したのは、日銀が、株価に連動する指数連動型上場投資信託(ETF)を年間6兆円規模で買い入れし、株価の「官製バブル」が発生したからです。トムソン・ロイター社によれば、日経平均株価は日銀のETF買入で3000円以上かさ上げされていると指摘しています。
国債増発で1223兆円の政府債務
2017年度の国債発行額は154兆円(うち新規発行34・4兆円、借換発行など119・6兆円)でした。黒田日銀は、年間100兆円前後の国債を買い入れています。これは、毎年新規に発行される額をはるかに上回っています。
したがって、安倍政権は、黒田日銀の国債大量買入に支えられ、ほとんど無制限に国債を発行できました。これは事実上の日銀の国債引受であり、財政法(第5条)で禁じた国債発行の歯止めをなくしました。5年間の安倍政権下で新規に発行された国債は、192兆円にものぼります。
その結果、将来返済を迫られる政府債務(国債発行残高など)は、今年度末1223・5兆円に達します。国民1人あたりざっと1000万円の債務であり、とても返済できる水準ではありません。自国の経済規模(GDP)の2倍を超える政府債務は、OECD諸国の中で最悪の水準となりました。
だが、国債は政府にとっては債務証書ですが、国債を買い入れ、政府に財政資金を貸し付けた内外の投資家にとっては、政府が確実に元本と利子を支払ってくれる有効な投資物件・格付の高い金融商品となります。政府は、国債投資家に一般会計予算のほぼ4分の1に達する24兆円ほどの元利払い金(国債費)を支払い、そのしわ寄せで国民のための社会保障予算などが削減されています。
アベノミクスの異次元の負の遺産
結局、アベノミクスとは、99%の国民と中小企業者にリスクとツケを回しながら、実体経済が低成長なのに、日銀と金融政策を利用し、大企業・大銀行・富裕層・大口投資家の利益を実現することにあった、といえます。
残されたのは、深刻な異次元の負の遺産です。以下、3点を指摘しておきましょう。
第1は、株式バブルの崩壊リスクが深刻なことです。株高を演出するアベノミクスは、日銀のETF買入だけでなく、国民の老後の生活費の年金積立金にも株を買わせています。安倍政権下で、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の株式投資割合が倍増され、株価対策のために国民の年金積立金を利用しはじめました。年金積立金が価格変動リスクの高い内外の株式に投資されています。
国民の公的な年金積立金をリスクの高い株式投資に向けている国は例がありません。逃げ足の速い外国の株式投資家が日本株を売り逃げすると、株価は大暴落します。株価が暴落すると、国民の公的年金に巨額の損失が発生し、年金支給が困難になります。
第2は、政府債務の返済問題と国債暴落のリスクです。国民1人あたりざっと1000万円の債務の返済問題は、現政権下では、消費税の税率引き上げによる増収と社会保障予算の削減などで対応してきています。これは、憲法違反であり、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する憲法25条の空文化であり、政府の義務の放棄です。400兆円の内部留保金と272兆円の純金融資産を保有する大企業や富裕層による租税の応能負担を無視しています。
異常なまでに累積し、金融商品として魅力を失いつつある国債が何かのきっかけで暴落すると、長期金利が暴騰することになります。すると、政府が支払っている国債の利払い費が増大し、一般会計を圧迫し、増税と緊縮財政への圧力が強化され、国民負担が増え、社会生活も破壊されます。住宅ローンなど国民生活に直結する長期金利が暴騰し、返済額が巨大になり、家計が破壊されます。
第3は、日銀財務の悪化と円暴落のリスクです。異次元金融緩和を担い大量の国債や株式を買入してきた日銀は、直近で、巨額の国債(440兆円)と株式(22兆円)をかかえこんでしまいました。
日本の中央銀行の日銀は、発券銀行として国内で流通する「円」という通貨(日本銀行券)を発行し、その信用を支えるために健全な財務状態を維持しなければなりませんが、それができなくなってきています。
安倍政権下で日本銀行券ルール(日銀保有の国債残高を日本銀行券(お札)の流通残高=現在101兆円以下に収めること)を廃止し、国債や株式を買いまくったからです。国債や株価が暴落すると、日銀財務は悪化し、日本銀行券の信用は失墜します。急激な円安が発生し、輸入物価および国内物価が暴騰することになり、経済は大混乱し、国民生活が破壊されます。