38.「異次元金融緩和」政策のリスク
〜国債ビジネスの恩恵と「一億総債務者」化〜
はじめに
日本銀行は、4月4日、金融機関の保有する国債を毎月7兆円ほど購入し、市場に供給する資金量を2年間で倍増させ、物価を2%上昇させるという「これまでと次元の異なる金融緩和」に踏みだした。この超金融緩和政策は、現安倍政権・「アベノミクス」が日銀法の「改正」を盾にとって、日銀に強制した政策である。消費税増税に加え、物価を2%もあげられたら、国民生活にとって、なにもよいことはない。
だが、この政策が実施されると、民間金融機関は、保有する国債を日銀が大量に買い取り、潤沢に資金を供給してくれるので、低成長下でも経営を好転させることができる。また政府にとっても、市場に大量の資金が出回るので、国債の市中消化基盤が拡大し、「財政出動」の財源となる国債を増発しやすくなる。国債の投資家たちにとっては、日銀に支えられた格付の高い金融商品が供給されるので、安心して国債に投資でき、ますます国債ビジネスに拍車がかかる。
すでに日本国債は、歴史的にも未体験ゾーンに入り込んでいる。年間の国債売買高は「兆」の単位の次の1京円に達し、国債バブルが膨張している一方、最終的に税金で返済しなければならない政府債務残高*は、自国の経済規模(GDP)の2倍にあたる1000兆円(国民1人当たり810万円の借金)に達してしまった。
*財務省資料によると、政府債務残高は1036・5兆円(2013年3月末)。その内訳は、国債(内国債821・5兆円+政府短期証券115・3兆円)及び借入金(54・8兆円)+政府保証債務(44・9兆円)となっている。
本稿の目的は、「アベノミクス」の「異次元の金融緩和」政策と日銀の国債大量購入のリスクを検討することにある。この問題を追跡すると、そこに見えてくるのは、消費税増税など、国民負担で国債担保が強化されつつ、政府の債権者になった金融機関が低成長下の新しい収益源として国債ビジネスに傾注し、政府と日銀がそれを支えている構図 である。
------------------------------------------------------
1 超金融緩和政策で活発化する国債ビジネス
-------------------------------------------------------
「異次元金融緩和」政策の特徴
第2次安倍政権の放った3本の矢(金融緩和・財政出動・成長戦略)のうちの鏑矢ともいうべき矢は、日本銀行を巻きこんだ「異次元の金融緩和」政策である。非伝統的と評価される超金融緩和政策の特徴は、以下の通りである。
第1に、メディアを利用して強いメッセージを発信し、世の中の雰囲気を変え、期待感を高揚させようとする一種の「口先介入」を先行させていることである。「異次元の金融緩和」、「2年で2倍の資金供給」、「国債購入月7兆円」といった強いメッセージは、情勢を先読みして動く内外の浮気な投資家の関心を目覚めさせ、すぐに国債価格の上昇、株高、円安となって表面化し、「安倍バブル」 が発生した。その結果、国債・株式などを保有する内外の投資家の金融資産は上昇し、利益に浴したが、国民の生活は、円安による輸入物価の上昇で悪化した。
第2は、金融政策の操作対象を金利から、資金供給量(マネタリーベース=社会で流通している現金と金融機関の日銀当座預金残高の合計)に変更し、この資金供給量を2年間で2倍にし、日本の経済社会に溢れかえるマネーを注ぎ込もうとしていることである。すでに金利はゼロ近傍に張り付いているので、これ以下に下げようがないので、「異次元の金融緩和」を実施するには資金供給の量そのものを増大させることになったわけである。実体経済の成長をともなわない過剰なマネーの供給は、金融資産や不動産関連のバブルを膨張させることになる。
第3に、資金供給を倍増させるやり方は、日銀が毎月7兆円ほどの国債を金融機関(銀行)から大量に購入し、その購入代金を提供するやり方(日銀当座預金残高の積み増し)である。日銀が毎月7兆円もの国債を購入するようになると、それは新規に発行される国債の7割 ほどが日銀によって引き受けられることになり、国債発行の歯止めを失う。
第4に、日銀が、株価や不動産価格の動向に直結するリスクの高い金融資産(ETF、J-REIT)も購入対象にしたことである。「異次元の金融緩和」は、資金供給量だけでなく、リスクの高い金融資産にも手をだす「質」にも配慮した「量的・質的金融緩和政策」の特徴をもつ。これは、「アベノミクス」の金融政策のねらいが、株価や不動産価格も上げようとしていることを示唆している。
そもそも、2年間で物価を2%上昇させるために、「あらゆることを実施する」(黒田東彦日銀新総裁)、といった金融政策は尋常ではない。常識的には、中央銀行は「物価の番人」として、国民生活を破壊し、社会を混乱させるインフレ・物価高を抑制するインフレ・ファイターの役割を演じるはずであるが、それとは逆に、インフレ・物価高を促進する役割を引き受けているところに、今回の金融政策の異常性が表れている。
国民生活を直撃、実体経済は低迷
このような特徴をもつ「アベノミクス」の金融政策がフル回転をはじめているが、問題は、国民生活と経済社会の安定に直結する実体経済の成長をともなっているのか、どうかである。
その答えは、NO!である。
まず、賃金は連続して削減され、国民の可処分所得が減退している近年、さらに物価が上がれば、それだけ国民生活は困窮化する。そのうえ、ここに2%の物価上昇と10%の消費増税がのしかかることになるので、「アベノミクス」は、国民生活を今まで以上に困難にするであろう。これでは、国内需要の大黒柱である個人消費は増えるどころか冷え込んでしまい、実需をともなった景気回復は期待できず、実体経済は活性化しない。
つぎに、企業の設備投資に対する姿勢はどうかといえば、慎重なままである。日銀短観(2013年3月)によれば、大企業製造業の設備投資計画は、前回(2012年12月)と比較して、下方修正され、円安で業績は好転しているが、設備投資は削減する 、といった後ろ向きの企業姿勢が顕著に表れている。270兆円に達する内部留保金はそのまま「埋蔵金」として確保し、設備投資に回すでもなく、賃上げにも回さないので、実体経済は、いままでのような低迷が続くことになる。
さらに、過去の景気回復のエンジンであった輸出ドライブも、作動していない。欧州の政府債務危機で欧州向けの輸出は落ち込み、またアジア向けも弱含みで推移しているためである。とくにアメリカに代わって戦後最大の貿易相手国になった中国 との貿易は停滞している。日本の貿易総額に占める割合(2011年)は、中国が20・9%と最大であり、2位のアメリカはその半分の11・9%、そして3位は韓国の6・3%である。昨今、安倍内閣の閣僚を含む国会議員が靖国神社に参詣し、中国や韓国の反発を招いているが、中国や韓国などアジア諸国との貿易なくして日本経済は成り立たない時代が訪れている。閣僚や総理がA級戦犯を祀る靖国神社に参拝することは、ドイツに例えていえば、メルケル首相とその閣僚がヒットラーのお墓参りをすることと同じである、と警告するのは、イギリスの代表的な新聞「フィナンシヤル・タイムズ」紙の特集 である。安倍政権は国際社会の常識から逸脱している、といってよい。
国民生活はますます困難を増している。というのも、円安による輸入物価の上昇は、食料品やガソリンなどの生活関連物資の価格を上昇させているからである。賃金が横ばいか、削減傾向にあるなかで、物価が上昇すると生活苦は倍増する。他方で、輸出で稼ぐ日本の大企業は円安のメリットを享受し、経営を好転させている。
このような状況下にあるにもかかわらず、「アベノミクス」は鏑矢の「異次元の金融緩和」政策をフル稼働させ、国債の大量購入に邁進している。その本来の目的と意味はどこにあるのか、「アベノミクス」の狙いとリスクを読み解いていこう。
活発化する政府保証の国債ビジネス
「異次元の金融緩和」は、日銀が金融機関から国債を大量に購入するやり方で実施されるが、そのような政策展開の要になっている国債とはそもそも何か。国債はともすると、政府の発行する債務証書(借金の証文)と理解されがちであるが、それはメタルの一面である。国債とは、政府が税金によって利子と元本の支払いを保証する最も信用力のある第一級の金融商品にほかならない。国債は、各国の金融市場の中心的存在でもある。内外の金融機関は、国債の最大の投資家であり、国債市場から莫大な利益を獲得している。政府が税金によって元利金の支払いを確実に保証する国債ビジネス(図1)は、株式や為替のビジネスとならぶ、現代金融資本の利益の主な源泉にほかならない。
「国債が玉不足になることは、金融機関にとって、引受手数料、ディーリング益、クーポン(表面利率)収入が減るという点で、まさにトリプル・パンチなんです」 。この言葉は、1990年代初頭に国債発行がゼロになるだろうと予測された時の、88年当時の大手銀行幹部の言葉である。当時の国債発行当局も、「六五年(昭和、1990年―引用者) 以降赤字国債が発行されなくなるため、資金の運用先がなくなることを心配した金融機関の担当の方が、最近よくお見えになるんです(福田誠・大蔵省主計企画官―当時) 」 、と述べている。これは、政府の発行する国債が金融機関の重要な資金運用先になっていることを示している。金融機関にとって、不況期や資金需要の低迷する時期には、国債は、過剰な貨幣資本の新たな資金運用先であり、絶好の安定した投資先となる。
というのも、国債は、政府が利子の支払いと元本の償還を保証しているので、資金を運用しようとする内外の投資家(最大の投資家は各国の金融機関)にとっては、株式などよりも安心して投資できる信用力の高い投資物件だからである。株式の場合は、その発行主体がどんなに巨大企業であっても、企業業績は、好不況の景気に左右され、赤字になると配当金が出なかったり、万一倒産した場合には、配当金どころか株式そのものが無価値の紙屑になってしまうからである。
だが、政府が倒産することはありえず、国債の利子や元本は、国家権力を行使して徴収した税金によって確実に支払われるので、景気変動の影響を受けることなく、利子は年2回、元本は償還期日に、かならず満額支払われる。
したがって、国債は数多くある多種多様な金融商品の中でも、投資にあたってもっとも信用力の高い評価のAAA(トリプルエー)といった最高の格付をもつ金融商品となる。
このような高格付の金融商品の国債が減額されたり、発行されなくなることは、金融機関などの国債投資家にとって、安全で大口の投資物件を奪われることになり、大きな損失を意味する。
今年度予算を例にとると、国債投資家に支払われた国債の元利払い金(=一般会計歳出の「国債費」として計上される)は、22兆2415億円に達している。さきの大手銀行幹部の「クーポン(表面利率)収入が減る」という言葉の意味は、この巨額の国債の元利払い金からの受取額が減る、ということである。
国債は、確定利付き証券であり、発行時点で、券面には国債の買い手に支払われる利子率(クーポンないし表面利率という)が明記されている。かりに額面が100億円でクーポン(表面利率)が2%の国債の場合、この国債を買った投資家は、年間2億円の利子を政府から受け取ることができる。
2012年9月末時点の国債の所有者別内訳(図2)をみると、銀行や生損保などの民間金融機関は、584兆9206億円(総額948兆4177億円の61・7%)を所有しているので、今年度予算の国債投資家に支払われる国債の元利払い金総額(22兆2415億円)の61・7%にあたる13兆7230億円を受け取ることになる。
不況の長いトンネルの続く日本経済にあって、金融機関、とくに銀行は、預金者には0・021%(4月現在の普通預金の平均金利)の低い利子の支払いに止める一方、政府からはこれだけ巨額の元利払い金を受け取っている。しかもこの金額は、国債の発行市場から得た利益にすぎない。
メガバンクの利益の3割を占める国債売買差益
政府が元利金を保証する国債ビジネスから発生する利益はこれだけでない。格付が高く、発行額も巨大な国債は、高い流動性をもち、いつでも、どこでも売買が可能な金融商品である。金融機関など、国債投資家は、すでに発行され、市場で売買されている国債の流通市場からも巨額の利益(国債売買差益)を受け取っている。それは、さきの大手銀行幹部のいう「国債ディーリング益」である。
国債ディーリングとは、銀行や証券会社が、自行・自社の巨額の資金(自己勘定)を使って、不特定多数の顧客(このなかには日銀も含まれる)を相手に大規模に国債を売買することであり、その結果手にした国債の売買差益が国債の「ディーリング益」である。
株式・不動産バブルが崩壊した1990年以降、経済成長は低迷し、賃金は削減され、国民生活は苦しくなる一方なのに、国債売買市場は、一京円の天文学的な市場に成長し、そこから引き出される国債売買差益は、大手銀行の場合、数千億円に達する(表1)。たとえば、こうである。
『日経ビジネス』誌は、「三メガバンクの2012年3月期最終利益は合計で2兆円に達した。しかし、その内訳をみると、国債の売買差益が利益全体の3割強を占める。一方で、本業の儲けを示す業務純益はいずれも微減、もしくは横ばいとなっている。銀行預金は国内全体で610兆円に膨らんでいるが、銀行の貸出金は420兆円にとどまっており、だぶついた預金が国債購入に充てられている」 、と指摘する。
「カジノ型金融資本主義」の特徴は、預金の受入と貸出といった実体経済の成長に貢献する手間暇のかかる銀行業務よりも、グローバルに連結されたコンピュータのディスプレイの前に座り、為替や債券価格の変動を利用し、さまざまな取引手法を駆使しながら売買取引を繰り返し、効率的に売買差益を獲得しようとする投機的な業務を活性化させる。銀行の国債ディーリングへの傾注と国債売買差益の追求は、そのような「カジノ型金融資本主義」を象徴する。
だが、預金が増えているのに、貸出が伸びず、資金ニーズの高い中小企業と地域産業に資金が供給されないなら、地域経済は低迷し、不況は長期化する。
国債ビジネスが金融機関の有力な収益源になっているのは、日本だけではない。世界の国債発行残高は、2011年第2四半期現在で、ほぼ43兆7000億㌦(約3496兆円=約1㌦80円で換算)に達し、日本国債とアメリカ国債がそれぞれ27%を占める大口の市場である。IMF(国際通貨基金)などもこの大口の日本国債の動向 に注目している。各国の金融機関は、主要国の国債に投資し、収益を獲得している。アメリカのウォール街に拠点を置く大手金融機関モルガン・スタンレー日本法人の収益率(表2)をみると、米国債7・35%、英国債8・89%、ドイツ国債6・43%、日本国債4・00%であり、国債投資から長期間にわたって高い収益を得ていることがわかる。各国の金融機関は、格付の高い主要国の国債ビジネスにおいて安定した収益を獲得してきた。
------------------------------------------------------
2 バブルの膨張と歯止めを失う国債発行
------------------------------------------------------
膨張する国債バブル市場
国債市場は、各国において代表的な金融市場の地位を占めているので、その動向は、他の金融市場だけでなく、経済全体にも大きな影響を与える存在となっている。各国の中央銀行は、国債市場にさまざまな介入を行い、金融政策の効果を波及させようとしている。日銀の「異次元の金融緩和」政策も、国債市場を介して実施される。
2013年4月4日、「アベノミクス」の一翼を担った日銀初の政策委員会・金融政策決定会合 が、月7兆円の国債購入を決定すると、金融市場はこれにすぐに反応し、長期金利の指標となる10年物長期国債の利回り は、0・425%へ暴落(=国債価格は暴騰)し、経済界も大歓迎した。
日銀による民間金融機関からの国債の大量購入は、今回の「異次元の金融緩和」政策に先立つ量的金融緩和政策の発動時点(2001年3月)でも、日銀が民間金融機関に「補助金」を与えるようなもの、との問題点が指摘されていた。
たとえば、こうである。「銀行にとって量的緩和がつづく限り日銀はいつでも国債の買い取りに応じてくれるという安心感がある。また金利の低下局面では、日銀の買い取り価格は当初の取得価格を上回る可能性が高く、その場合には売却益も確保できる。量的緩和により銀行部門はいわば継続して補助金が与えられてきたようなものである」 。
その上、日銀による国債の大量購入は、国債の大増発メカニズムにもなっている。すなわち、「長期資金は国債に回っている。『貸し出しを減らしている中で、利ざやが稼げ、最も安定している』と大手都市銀行の担当者。公募入札で落札した国債を最短で数日後、日銀に売って売却益を得る。『財務省と日銀の間をつなぐだけの取引』も盛んに行われている。『世界最大の「国債産出国」を支えているのは、日銀の量的緩和と貸し出しのリスクを取らない銀行のおかげだ』と財務省理財局の幹部。その量的緩和策を財務省が日銀にせっせとやらせている、と市場は見る」 。
しかし、2年で2倍の資金供給を断行する今回の超金融緩和政策はかつてのそれとは次元を異にする。実体経済の低迷をよそに、国債・株式・不動産などのバブルを促進する。とくにわが国の国債市場は、歴史的にも未体験ゾーンのバブル市場になっている。売買高が1京円を超え、10年物長期国債の利回りが1%を大きく下回り、0・425%を記録(国債価格は記録的な暴騰)した。長期国債の利回りに示される長期金利の水準が1%を下回るような事態は、歴史的にも例がなく、これまでの最低水準は、1619年にイタリアで記録された1・125%が史上最低であった 。
このような国債バブルを利用して国債の売買差益を追求してきた大口の国債投資家である金融機関にとって、いかにしたらこのような国債バブルを継続できるのか、それが最大の関心事となる。そのために、日銀に国債を購入してもらい国債に対する人為的な需要を創り出し、国債価格を高値で安定させ、また消費税増税など国債担保を強化するためのさまざまな政策を政権に要求する。
歯止めを失った国債発行と事実上の日銀引受
「異次元の金融緩和」政策は、日銀による国債の買いすぎを防ぐための「銀行券ルール」(日銀の長期国債の保有残高を日銀券の発行残高以下に抑えるルール)を凍結したので、国債発行は歯止めを失ってしまった。
近年の一連の超金融緩和政策(ゼロ金利・量的金融緩和・包括的金融緩和・異次元の金融緩和)は、日銀が金融機関に安価なマネーを大量に供給することによって、民間金融機関の経営を救済しただけでなく、増発される大量国債の消化資金を提供してきた。そのしくみは、こうである(図3)。
①
日本銀行が民間金融機関の保有する国債を購入し(国債買いオペレーション)、その購入代金が民間金融機関に供給される。「異次元の金融緩和」では、月7兆円の国債が購入されるので、新規発行国債の7割は日銀の購入によって消化され、「国土強靱化」といった大規模「財政出動」の安定財源が確保される。
②
潤沢なマネタリーベースを日銀から供給される民間金融機関は、資金繰りが困難になることはなく、国債などの金融資産はいつも日銀が買い取ってくれるので、経営は好転する。そのうえ、銀行は、BIS規制を盾にとり、貸出金の不良債権化を嫌って、貸し渋りをつづけている。打撃を受けたのは借入金に依存する多数の中小企業であり、地域経済である。経済不況と雇用破壊は長期化する。
③
日銀から銀行に供給された大量のマネーが向かった先は、リスク・フリーの安全な金融資産の国債であり、銀行は、貸出よりも、政府保証の国債ビジネスにシフトした。銀行の帳簿では、企業貸出が減退し、それとは対称的に、国債保有高が増大していった(図4)。国債を保有し、政府から確実に利子を受け取り、市場で国債を売買することで、国債売買差益が確保できるからである。
④
政府にしても、毎年、40兆円を超える大量国債を新規に増発しつづけるには、国債の大口の買い手を見つけなければならないが、その役割は日銀の資金供給によって強力に支えられた民間金融機関に演じてもらえた。
こうして国債増発のメカニズムがフル稼働しはじめ、国債発行はその歯止めを失ってしまった。これは、民間金融機関を介した日銀による間接的な国債引受 といえるであろう。財政資金の調達先を辿っていくと、日銀のマネタリーベースに突き当たり、日銀による財政ファイナンス・財政赤字の穴埋めが行われている、といってよい。国債の日銀引受を禁止した財政法第五条は空文化している。
「アベノミクス」の二本目の矢は、10年間で200兆円の大型公共事業を実施する「財政出動」にあるが、そのための財源は国債の増発に依存する。「異次元の金融緩和」政策と日銀の国債大量購入は、国債増発メカニズムとなって作動し、「財政出動」のための財源となる。
すでにGDPの2倍ほどに累積した国債発行残高を抱えた「政府債務大国」日本は、「財政出動」で増発される国債を上積みすることになる。1000兆円を超えて膨張しつづける政府債務の返済をどうするのか、「アベノミクス」は、この重大かつ火急な問題について、経済が成長すれば税収が増えるといった、実現しそうにない回答しか用意していない。
------------------------------------------------------
3 国債を保有する政府の債権者の財政支配
------------------------------------------------------
消費税増税を実現した政府の債権者たち
現在と将来の税金によって返済しなければならない国債が多く発行されるようになると、租税制度も変質してしまう。すなわち、「国債は国庫収入を後ろだてとするものであって、この国庫収入によって年々の利子などの支払がまかなわれなければならないのだから、近代的租税制度は国債制度の必然的な補足物になった」 、との古典的な指摘は正鵠を射る。
租税制度は、国民福祉と社会のための財源と言うよりも、国債を買って政府の債権者になった金融機関・投資家への借金返済のための補足物に変質する。巨額の累積国債を抱えこんだ国は、国庫が借金の返済に追われるので、たえず新しい財源を追い求め、国民と納税者は重税に苦しむようになる。
事実、現代日本の国債投資家=政府の債権者たちも、後ろだてとなる新しい国庫収入を求めて、堂々と自分たちの利益を押し出してくる。「消費税率を今後5年間で5%ずつ2回に分けて引き上げ、15%にすべきだ」 、と主張するのは、世界の巨大金融機関の一つであるクレディ・スイス証券会長の松島忠之氏(元日銀理事)である。この主張は、現代のグローバル経済とカジノ型金融資本主義を主導し、日本政府の債権者になった巨大金融機関の利益を正直に吐露している。
巨額の金融資産を国債で保有する政府の債権者たちにとって、自分たちの金融資産の価値を安定的に維持するためには、国債の元利払いが確実に実施されることが不可欠の条件となる。元利払いが延期(リスケジュール)されたり、まして不履行(デフォルト)になった場合は、国債という金融資産は暴落するので、一番確実なのは、国債の元利払いのための安定した財源を確保することである。
かくして、政府の債権者たちの消費税率引き上げの主張は実現し、消費税は2014年に3%アップされ、さらに次の年に2%アップし、10%へと引き上げられ、毎年ほぼ20兆円の消費税の税収が国庫に入る。国民が負担した税金は、政府の債権者に支払われ、金融商品としての国債の担保が強化され、高格付が維持され、政府保証の国債ビジネスはますます活況を続ける一方、国民生活は消費税増税で困窮化する。
他方で、国債の元利払いは確実となり、金融機関・投資家は安心して国債投資を継続するので、国債は増発され、大型公共事業や国土強靱化などの「財政出動」の財源が確保され、政府債務はさらに上積みされる。政府債務が上積みされると、政府の債権者のあいだでは、リスケジュールやデフォルト・リスクなど政府債務危機から被る自分たちの金融資産の暴落の危機を回避するために、後ろだてとなる国庫収入を求め、増税を主張する。国債ビジネスの活発化―国債増発―政府債務累積―増税の悪循環が繰り返される。
この悪循環からみえてくる政府債務危機とは、政府の債権者になった金融機関・投資家など国債保有者たちの金融資産暴落の危機 である。
国債暴落のリスク
万が一、何らかの契機で国債バブルが崩壊し、国債価格が暴落(=長期金利の暴騰)することになると、経済社会に深刻な影響を与える。
まず、国債という金融資産価格が暴落することによって発生する莫大な損失が国債保有者を直撃する。国債の最大の保有者は、民間金融機関なので、銀行や生保・損保の経営危機が発生する。国債を大量に購入し保有する日銀(表3)も直撃され、国際社会から円の信認が失われ、円不安・円危機が発生し、円が暴落する。
また長期金利の暴騰は、住宅ローンや企業の借入金利の暴騰を招くので、ローンの支払いが困難になり、家計の生活破綻を招く。アメリカのサブプライムローン破綻の光景がわが国でも出現する。銀行からの借入金に依存する中小企業の場合も、借入金利の暴騰は経営を直撃し、中小企業の経営破綻・倒産問題が深刻化する。
政府の場合、長期金利が上がれば国債の利払い費が暴騰するので一般会計の国債費が膨張し、財政破たんが極限に達し、ますます借金の支払いに予算が食われ、社会保障などの一般歳出予算が削減される結果をもたらす。まさに「ギリシャ危機」の再燃となりかねない。国債暴落論が後を絶たないのは故なきことではない。
-------------------------------------------------------
おわりに―「アベノリスク」の罪
-------------------------------------------------------
最後に、「アベノミクス」ならぬ「アベノリスク」の罪について、3点を指摘しておこう。
第一の罪は、中央銀行・日銀の金融政策の独立性を奪った罪である。時の政権が、個々の政策や野望の実現のために、中央銀行を財布代わりに利用したとき、その帰結は、ハーパーインフレや財政破綻を引き起こし、国民生活や経済社会を破壊した歴史の教訓を無視している。
第二の罪は、日銀信用を動員して国債を増発する「禁じ手」を繰り出し、国債バブルを膨張させ、政府保証の国債ビジネスを活性化させる一方、1000兆円を超える政府債務をさらに累積させ、日本国民を深刻な「一億総債務者」に転落させた罪である。将来世代も、政府の借金返済の重荷を背負うことになった。
第三の罪は、資源なき「貿易立国」日本にとって、現在と21世紀の最大の相手国である中国や韓国など、近隣のアジア諸国との間であつれきを引き起こし、世界のGDP合計の27%を占め、NAFTAやEU経済圏を追い抜いて世界最大の経済圏になり、日本の貿易総額の50・2%を占めるアジア諸国の経済成長の成果を日本経済に取り込めなくしている罪である。日本の真の国益 を放棄した独りよがりの「アベノリスク」の罪は重い。
( 1 )より詳しくは、拙著『国債がわかる本―政府保証の金融ビジネスと債務危機―』大月書店、2013年5月、を参照されたい。 ( 2 )「安倍バブル」に注目する経済誌も、「噴き上がる日銀バブルー溢れ出る大量マネーの行き先とパワーー」との特集を組んでいる。『エコノミスト』2013年4月9日、18ー36ページ。
( 3 )『日本経済新聞』、2013年4月5日
( 4 )三井住友信託銀行「経済の動き〜「量的・質的金融緩和」の効果とリスク」『調査月報』2013年5月号、3㌻。
(5)米中のGDPが逆転する日は近く、「つぎの10年で中国はアメリカを追い抜くにちがいない」、「2020年には、中国経済はアメリカ経済よりも大きくなるだろう」と指摘するのは、〝A game of catch-up〟-Special Reportー The World Economy , The Economist ,Sep.24 2011,p.5、である。
( 6 )Financial Times(2004)〝Two giants of Asia must find a new way of co-existing〟Japan and China –Prospect for commerce, collaboration and conflict between Asia’s two giantー,A special series of exclusive intervies and reports,p.14
( 7 )『金融ビジネス』東洋経済新報社、1988年6月、30㌻。国債は、発行される金額が巨額であるため、当初、複数の大手民間金融機関が「国債引受シンジケート団」を結成して一括して引き受けていたが、その時に政府から受け取る手数料が引受手数料である。2006年4月から国債も公募発行され、引受方式での発行はなくなった。
(8 )同誌、30㌻。
(9 ) デジタル版『日経ビジネス』2012年5月30日トップ。すでに新聞も、「貸し出しなどの本業は低迷しているのに、各行とも余ったお金を国債購入に回したために『国債バブル』が生まれ、国債を売ってひともうけできた」(「朝日新聞」2010年11月13日付)と指摘していた。
( 10 )IMF Working Paper 〝Assessing the Risks to the Japanese Government Bond(JGB)Market〟Dec.2011
( 11)日本銀行『「量的・質的金融緩和」の導入について』2013年4月4日。
(12 ) 利回りとは、投資が生み出す年間収益の割合である。価格が100万円の国債を買ってそこから得られる収益が2万円なら、利回りは2%となる。国債は確定利付き証券として発行時点で利子の支払額は決まっているが、価格は変動するので、利回りと価格は反比例する関係にある。償還期限などを無視し単純化すると、国債の利回り=利子収入÷国債価格であり、分子に当たる利子収入は不変なので、分母にあたる国債価格が上昇したら、利回りは低下し、下落したら利回りは上昇する。
(13 )宮尾龍蔵「銀行 国債保有増でリスク」「日本経済新聞」2003年12月26日付。
( 14 )「朝日新聞」2002年6月23日付。
( 15)真壁昭夫・玉木伸介・平山賢一『国債と金利をめぐる三〇〇年史』東洋経済新報社、2005年、11㌻。
(16)日銀信用に依存したわが国の国債発行は、日清・日露戦下の明治時代以来、多様な方式で行われてきた。詳しくは、拙著『国債管理の構造分析』日本経済評論社、1990年、とくに「第2章 国債消化の三位一体的構造」を参照されたい。
( 17 )カール・マルクス『資本論③』大月書店・国民文庫、1972年、427㌻。
( 18 )『週刊東洋経済』2011年4月2日号、39㌻。
(19) ユーロ圏の銀行がギリシア政府への一部債権放棄に応じたように、わが国の金融機関が国民経済の安定のために、自らリスクを引き受け、債権の全部もしくは一部を放棄したら、政府債務危機は、かりに発生しても、軽微なものに止まるであろう。「日本経済新聞」2012年6月7日付、『週刊東洋経済』2012年3月24日付、76㌻。
(20)拙著『99%のための経済学入門』大月書店、2012年9月、を参照されたい。
注:図表は省略しました。
出典:拙稿、『経済』No.214,26-37頁、2013年7月