10. 3万8915円 VS 8578円ー株式市場はどうなっているー
はじめに
株価の値下がりが続いている。あの株式バブルの崩壊から13年たったが、日本の株式市場はいまなお深刻な事態から脱していない。
日経平均株価が3万8915円という空前の高値を記録したのは、バブルピークの1989年12月30日であり、年末最後の取引日(大納会)であった。あ れから13年目になる昨年2002年の大納会では、8578円となり、ピーク時のほぼ5分の1にまで下落している。しかも、この下落は3年続いている。
かつては、「証券大国・アメリカ」の株式市場すら上回り、世界一の規模を誇った日本の株式市場も、今は見る影もない(図1参照)。一体、現代日本の株式市場や株価はどうなっているのだろうか。
株価は「経済の体温計」
株式の話をすると、さまざまな反応がある。個人で株投資をやっている方は真剣な眼差しになるし、「株なんぞは所詮バクチ」と考える方からは、いささか軽蔑と憐憫のまなざしが返ってくる。多数の方の一般的な反応は、「経済の勉強」、ということになるだろうか。
たとえ株に無関心であっても、現代の経済動向を忠実に反映する「経済の体温計」ともいえる株価は、今日と明日の日本経済のあり方やわが身の生活のあり方 とも不可分に結びついている。そうでなければ、どの局のテレビニュースも、天気予報と株価の動向を取り上げることはないだろう。
周知のように、世界の企業も日本の企業も、主だった企業はみな「株式会社」という企業形態をとっている。企業の設立や規模拡大に当たっては、株式を発行 し、株式市場から、資本金を調達して経営をつづけている。会社や金融機関の余裕資金の運用だって株式市場でやっている。銀行だって、証券会社だって、かつ ての国有企業だって民営化され、みな株式会社である。株価は現代企業の業績や経営状況を直接反映するし、逆に、経営や資金繰りの動向にも重大な影響を与え てしまう。
資本金調達を目的にして、会社によって発行された株式は、株式市場で、一定の価格(株価)をもって自由に売買される金融商品となる。この金融商品を安いときに買って、高くなったら売れば、その差額はもうけ(株式の売買差益)となる。
ただ、株式を買っても、その値段が下がりつづけると、損失が発生する。ひどいときには、投資した金額を回収できないだけでなく、さらに巨額の損失を抱え込んで破産する場合もある。
いずれにしても、株式市場は、企業や金融機関にとって、資金の調達や資金の運用のための市場として、とくに先進国では内外の経済動向に大きな影響を与える主要な金融・証券市場となって機能している。
それだけに、個々の株式銘柄だけでなく、全般的な株式市場の動向が注目される。市場全体の動向を探るための物差しとなっているのが、日経平均株価(アメ リカなら「ダウ工業株30種平均株価」など)である。これは、日本経済新聞社が、代表的な産業分野から225社の株式銘柄を採用して算出した平均株価であ り、統計的には、戦後直後の1949年5月から連続している。テレビニュースで話題になる株価とは、個別の企業の株式銘柄でなく、市場全体の動向を表現す る日経平均株価(平均株価)のことである。
株式の相互持ち合いと低配当・短期売買
株価を決めるのは、国際情勢から企業の業績にいたるまで、多様である。一般には、企業の業績が良好で、景気がいいなら株価は上昇するし、また金利水準が 低下しても株価は上昇する。というのも、金利が低いと、銀行にお金を預けておいてもうま味がなくなるので、預金を解約して株式を購入するようになるので、 株式への需要が拡大し、その結果、株価が上昇するからである。
このような一般論に加えて、現実の株価を規定するのは、その国の経済事情やシステムのあり方である。とくに日本の場合、アメリカなどに比較して、株式市 場での個人投資家の割合が極端に低く、株式の保有割合で見るとほぼ2割である。他方、7割ほどの株式は、旧財閥系の企業集団を頂点にした企業間での株式の 相互持ち合いの構造に組み込まれ、企業集団や系列関係を形成している。このような株式保有構造が固定化すると、保有者(株主)に対して支払われる株式の配 当金は、極端に低くなる。
というのも、配当金は企業の利潤の一部から支払われるため、できるだけ低額に抑えたい企業は、相互保有の企業同士ではお互いに配当金を支払いかつ受け取 ることになり、配当金が循環するだけなので、第三者の株式保有者への配当金支払いを極端に低くし、利潤の社外流出を防ごうとするからである。これは、個人 投資家不在の「会社本位」の株式市場といってよい。
アメリカなどに比較して極端に低い配当金しか支払われないので、長期間株式を保有するメリットは少なく、株価が高くなると、すぐに売却し、売買差益を得ようとする短期売買の投機的な行動が支配的になる。
そのため、日本の株式市場や株価の動向は、とくに大企業や金融機関の経営動向を敏感に反映して乱高下したり、取引が不透明であったり、個人投資家が損失をかぶって泣き寝入りする、といった問題点も存在する。
これは、世界でも「奇跡」と言われた戦後経済成長の果実と富が、会社に優先的に分配され、会社は世界の大企業になったり、不動産や株式などの資産を蓄え ることができたのに、個人や家計部門では、分配される割合が少なかったので、いぜん「ラビットハッチ」に住み、長時間労働と長時間通勤を余儀なくされ、株 に手を出すほど所得が上がらなかったことを示してもいる。
株高利用の「マネーゲーム」経済
とまれ、「会社本位」の株式市場では、株価が高いと、会社にとっては、いろいろなメリットが発生する。株が高く売れれば、莫大な収益が会社に入ってくる からである。1985年から90年までの6年間で、全国の大手上場企業は、バブルの時の株高を利用して、内外の証券市場から国家予算の1年分に匹敵する 72兆円ほどの資金を調達した。この莫大な資金は、設備投資にも振り向けられたが、土地や不動産の購入、株式など金融商品の購入にも振り向けられたため に、地価や株価は止めどもなく上昇した。
株高と不動産の値上がりを利用した「財テク・マネーゲーム」が一世を風靡し、企業は、本業のモノづくりよりも、右から左にお金を動かすことで「濡れ手に 粟」の投機的な経済活動にのめり込んでいった。本業で赤字が出ても、株高を利用して、保有株の一部を売却するだけで、決算を黒字に処理できたし、増大した 保有株の資産価値を担保にして銀行からお金も借りられた。
だが、国内総生産高(GDP)に示される経済実体を超越する株価や地価などの資産価格のバブルは、やがて清算されることになり、バブルの崩壊を迎えた。 バブルに酔った企業は過剰設備を抱え込み、保有資産の縮小と損失を計上し、銀行も、不動産や株投資に貸し出した金が返ってこなくなり、不良債権となって経 営が圧迫される。
下げ加速する企業・銀行株の大量売却
バブル崩壊後、株式市場を低迷させ、株価を下落させてきているのは、経済不況が深刻化し、業績が悪化してきたことに加えて、会社間で7割の株を保有するといった「会社本位」の株式市場構造そのものにある。
株式市場では、株式需要の減退(買い手の不足)と株式の供給過剰(多すぎる売り手)とが、株価下落の力学として作用する。バブル崩壊後、株式の売り越し を記録し、株価に下げ圧力をかけ続けてきたのは、企業と銀行である(図2参照)。それというのも、企業も、銀行も、深刻化する不況と経営の赤字を回避する ために、株式の売却代金で決算対策を実施し、銀行なら不良債権を処理する資金に回してきた経緯があるからである。
とくに近年、銀行の株式売却は、年間1兆円を超えている。みずほ、三井住友、UFJ、東京三菱などの大手銀行だけでも、2004年3月までの約1年間 で、5兆円の株式売却が予定されている。日本最大の株主たちが保有株を売却しつづけているのだから、これでは株価は下がりつづける一方である。
そもそも、社会的責任の重い支払い決済機能を持つ銀行本体に、株保有を許してきた日本のシステムがここにきてその歪みを表面化させているにすぎないとは いえ、株価暴落が経済恐慌を誘発しかねない現在、再発防止もかねて、その罪と責任はハッキリさせておくべきであろう。
株価の下落と経営悪化を防止しようとして、日本銀行から保有株を買い取ってもらったり、国民の年金積立金で株を買い支えたり、といった「政府筋による株 価操作」(外国証券会社)とも言われる「禁じ手」が行使されている。それによって、最終的なリスクが国民の肩に転嫁される危険性が高くなった。すでに年金 は、5兆円前後の累積赤字を抱え込んでいる。このような株式市場対策は、アンフェアであり、個人投資家の参加する健全で公正な株式市場の育成とは無縁であ る。
(図は省略)
【やまだ ひろふみ・群馬大学教育学部教授】
(e-mail : yamachan@edu.gunma-u.ac.jp)
『群馬評論』第94号、群馬評論社、2003年4月、掲載。
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