66. 官製バブルが拡大する格差とリスク
〜出口なき異次元金融緩和の結果と弊害〜
「2年で2%の物価上昇を実現し、デフレ不況から脱却する」といった安倍政権と日銀の政策は画餅であった。この政権が5年間でやったことは、日銀とGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)を支配下に置き[1]、出口なき異次元金融緩和政策を断行し、国債バブル、株式バブル、都心の不動産バブルなど、官製バブルを発生させ[2]、大企業や内外の大口投資家の利益を優先させたことである。 その結果、「持てる者」と「持たざる者」との格差が拡大した。しかも、国民負担率は戦後最高の水準になり、深刻な消費不況は放置されたままである。 アベノミクスの第1の矢を担わされた日銀は、国債発行額を上回る国債を買い入れ、無制限の超低金利国債の増発を可能にし、事実上の財政ファイナンスに道を開く一方、大手金融機関には国債をめぐる日銀トレードなどのビジネスチャンスを提供した。 さらに、「株価連動内閣」と揶揄される安倍政権下の日銀とGPIFによる株価対策は、株価を2倍以上につり上げ、大企業・金融機関・内外の投資家・富裕層など株式保有層の金融資産を2倍以上に増やす一方で、投資に無縁の国民諸階層や中小零細企業との資産格差を拡大し、社会を分断してきた。 政策遂行を担わされた日銀は、国債発行残高の4割にあたる470兆円ほどの国債を保有することになり、GPIFはリスクの高い内外の株式を87兆円ほど保有したので、国債価格や株価が下落するか、バブルが崩壊したら、日銀とGPIFにとって、ひいては日本の経済社会にとって、予測不能の事態をもたらす異次元リスクが積み上がってしまった。
異次元金融緩和の柱は、2%の物価高を実現するまで、日銀が民間金融機関に使い切れないほどの日銀マネー(マネタリーベース)を供給することであったが、そのやり方は民間金融機関保有の国債を日銀が大規模に買い入れることであった。日銀のバランスシートには国債が積み上がり、民間銀行は大量の日銀マネーを受け取ることになる。民間銀行はこのようにして日銀から供給されたマネーを再び国債投資に振り向けたので、政府はほぼ無制限に国債を増発でき、政府債務残高はウナギのぼりに膨張した。 マルクスが指摘しているように、「国家が負債に陥ることは」、大口のマネーを運用する投資家にとって、「彼らの致富の主源泉」[3]になっている。政府債務が自国のGDPの2倍を超える「政府債務大国」日本は、彼らの草刈り場となり、旺盛な国債ビジネスが展開されている[4]。その上、現代日本の国債ビジネスは、日銀の大規模国債買入という中央銀行信用に依存したので、多方面で多様な問題点を生み出している。 第1に、国債発行額を上回る日銀の国債買入(表1)は、民間金融市場の資金動向から乖離した国債増発を可能にした。2016年度に至っては、日銀の国債買入予定額は新規発行国債と借換国債の合計の発行額を上回っている。日銀に依存した財政資金調達を禁じた財政法第5条は空文化し、現代日本の財政は日銀信用に依存した事実上の財政ファイナンス状態に陥っている。 第2に、その結果、国債発行残高はGDPの2倍という1000兆円ほどに達し、毎年の国債元利払い費用は、一般会計歳出予算の4分の1ほどを占めるにいたり、社会保障費など他の予算を圧迫する一方、歳入面では新規財源と増税圧力となって作用している。国債は将来の租税の先取りなので、現世代だけでなく将来世代にも重い税負担を強いることになり、生存権が脅かされる不安を招いている。 第3に、ゴールドマン・サックス、JPモルガン、野村證券、みずほ銀行、三井住友銀行など、財務省が資格を与えた内外の巨大金融機関約20社からなる(表2)国債市場特別参加者(プライマリー・ディーラー)の国債ビジネスが活発化した。 というのも、国債は政府が元利払いを保証し、市場で売買できる証券(格付の高い金融商品)にほかならないからである。政府と日銀を相手にした旺盛な国債ビジネスは、ごく少数の内外の巨大金融機関に、独占的な国債関係収益(国債の有利な価格での購入・金利収入・各種手数料収入・売買差益など)をもたらし、低成長経済下の安定した収益源泉になり、年度によっては「彼らの致富の主源泉」として貢献した。日銀の国債大規模買入と日銀トレードは、10年物長期国債金利がマイナスを記録するほどの国債バブルを発生させている。
日銀の国債買入は、単にその規模が巨額であるだけでなく、国債の額面を上回る高値で民間金融機関から買い入れていることである。内外の巨大金融機関は、国債の公募入札で財務省から安く落札した国債を日銀に高値で売却することで、国債の売却益を獲得してきた。さらに、マイナス金利が導入されても、2008年来の補完当座預金制度で採用されたプラス0・1%の付利が適用される当座預金残高は安部政権下で大幅に増加し、民間金融機関は日銀から毎年1800億円ほどの金利を受け取ってきた。(表3)。そのため、以下のような問題を発生させている。 第1に、日銀が額面価格を上回るオーバーパーの高値で民間金融機関から国債を買い入れると、民間金融機関は日銀から国債売却益を獲得するが、逆に日銀は国債を高値で買い入れた金額分だけ損失を抱えこむ。 というのも、国債の満期が到来した時、政府から日銀に支払われる国債の償還金は、国債の額面価格に対してだけ適用されるからである。したがって、日銀が民間金融機関から額面を上回る高値で買い入れた国債の金額については、日銀に償還金として支払われず、そっくり日銀の損失(償却負担)となる。 民間金融機関が具体的にいくらで財務省から国債を購入したのかは公表されていないが、国債の額面価格を基準に置くことは妥当であろう。日銀の損失(償却負担)累計は、2017年度現在で、10兆円を超えた。したがって、プライマリーディーラーの内外の巨大金融機関を中心に、10兆円近くの国債売却益を日銀から供給されたものと推測される。 現代日本の国債売買市場の規模は、1京円前後の天文学的な売買高に達しているが、内外の巨大民間金融機関は、日銀トレードを活発化させ、安定的な国債売却益を獲得してきたことになる。 第2に、国債大規模買入で日銀から供給された巨額のマネタリーベースは、実体経済への貸出が低迷する中で、再び日銀に戻り、民間金融機関の日銀当座預金として積み上がり、日銀からプラス0・1%の金利を受け取る原資となった。日銀当座預金は無利子のブタ積みではないのである。 2018年9月現在で373兆円に達する民間金融機関の日銀当座預金残高は、以下のような3層構造から成り立っている。プラス0・1%の金利が適用される「基礎残高208兆円」、ゼロ金利が適用される「マクロ加算残高145兆円」、マイナス0・1%の金利が適用される「政策金利残高19兆円」である。マイナス金利によって民間金融機関が日銀に支払う金利は少額である。 むしろ、民間金融機関は、プラス0・1%の金利で2082億円を受け取り、マイナス0・1%の金利で193億円を支払っているので、差し引き1889億円を日銀から受け取っている。これは日銀による民間金融機関への隠れた補助金ともいえよう。銀行が国民に支払う預貯金金利(普通預金)は0・001%なのに、日銀からはその100倍の金利で1889億円を受け取っていることになる。国民の普通預金残高(ほぼ450兆円)に0・1%の金利を適用すれば、銀行は国民に4500億円の利子を支払うことになるが、0・001%なので45億円に過ぎない。その差額の4455億円は、いわば国民による銀行への隠れた納付金ともいえよう。異次元金融緩和政策は預貯金金利を異次元の低金利に引き下げ、銀行に預貯金を保有する一般家庭の利子所得を削減し、家計から銀行へ利子所得を移転してきたことになる。 民間金融機関は、資金ニーズのある中小零細企業への貸出で不良債権化するリスクを避け、政府が元利払いを保証する国債ビジネスに傾注し、また日銀当座預金残高を積み上げて日銀から金利収入を獲得してきた。
「株価連動内閣」と揶揄される第2次安倍政権は、日銀やGPIFの公的資金を株式市場に投入し、株高を演出してきた。政権誕生前の2012年12月の日経平均株価は、1万395円であったが、異次元金融緩和政策が動き出すと株価は一挙に上昇し、1年後の13年12月には1万6291円へ上昇し、17年以降は2万円台を大幅に上回る水準にある。他方、日本経済の実質GDPは、この政権下の5年間で498兆8301億円から537兆7685億円、とわずかに1・07倍しか伸びていないのに、株価だけ2倍以上も上昇する官製バブルが発生している。 経済成長率や物価水準は1%前後に低迷し、実体経済の動向からすれば株価上昇の余地などないにもかかわらず、2倍にも上昇した背景は以下のようである。 第1は、異次元金融緩和政策そのものがグローバルに徘徊している投資マネーを国内株式市場に誘い込んだからである。歴史的にも空前の金融緩和策である異次元金融緩和政策と安倍総理のニューヨーク証券取引所など海外でのアベノミクスの売り込み営業[5]は、目先のはやい海外投資家を日本株投資に駆り立てた。それは、アベノミクス始動の2013年の日本株の投資家別売買において、国内投資家の個人や金融機関はみな日本株を売り越している中で、海外投資家だけが日本株を1桁多い15兆1196億円も買い越し、国内投資家の売り越し分をすべて吸収し、株価の上昇に大きく貢献したことに示される(表4)。 アベノミクス当初の株高は、国内投資家ではなく、海外投資家によって実現した。だが、海外投資家は、目標を達成できないアベノミクスの政策に疑念を抱き、一転して日本株の買越しセクターから売越しセクターになり、2015年には2509億円、さらに16年には3兆6887億円を売り越している。本来なら、日本株は下落するはずだが、海外投資家の株式売り越し分を吸収し、株価下落を食い止めたのは、日銀とGPIFの公的資金の大規模な株式投資であった。こうした日本株市場の動向について、ロイター社はトップニュースで、「日本株、過去最大規模の攻防戦 止まない海外勢の売り」と報道する[6]。 つまり、第2に、日銀とGPIFによって公的資金が株式市場に投入され、巨額の人為的な株式需要を創出し、官製相場で株高を演出したからである。日銀は、日銀マネーを株式市場に投入し、株価を買え支えるため、日本株指数連動型上場投資信託(ETF=Exchange
Traded Fund)の買入額を拡大してきた。日本取引所グループによれば[7]、18年10月31日の株式時価総額は、634兆8055億円であり、同日に保有する日銀のETF累計額は22兆2796億円であり、日銀は株式時価総額の3・5%を単独で保有する大株主になっている。ロイター社は、「日経平均は日銀のETF購入で3000円程度かさ上げされている」[8]との説を紹介し、株式官製バブルの規模を推計する。 GPIFも株式への投資枠を2倍に拡大し、公的な年金積立金を株式市場に投入し、巨額の株式需要を創出することで安倍政権下の株高に貢献したからである。公的資金による株式の買い支えは、日銀とGPIFの株式売買の実務を引き受けている信託銀行の株式買越額が増大していることにも示される。中央銀行と公的年金積立金が株価対策に動員され、株式市場で巨額の需要を創出し、株価を政策的に吊り上げている異常な事態である。
日銀はバブル崩壊後低迷する株式市場に対して、2010年12月15日、はじめて142億円のETFを買い入れた[9]。その後の安倍政権下の異次元金融緩和政策は、日銀のETF買入額を激増させた。年間の買入額は、2013年4月から1兆円、14年10月から3兆円、16年7月から6兆円、と増額の一途をたどってきた。 日本株指数に連動するETFは、日経平均株価を構成する225社、東証株価指数(TOPIX)を構成する東証1部上場企業約2100社の株式銘柄などを組み込み、市場で売買される投資信託である。日銀はETFを買い入れることによって株式市場に日銀マネーを投入し、人為的な株式需要を創出してきた。 民間の調査機関によれば、日銀のETF買入には、以下のルールがある。「・TOPIXが前場でマイナスの時に買い入れ(プラスの場合はなし)・前引けが前日終値より上昇していれば買い入れなし(現時点)・前引けが-0・5%より下落していれば100%買入(現時点)」[10]。 リーマン・ショックから10年が過ぎ、市場関係者の間で株式バブルの崩壊が予測されるなか、18年10月第2週に世界同時株安が発生した。ブルームバーブ社によれば、「今月は29日までの20営業日のうち、1回703億円の通常ETF買い入れを12回実施。これに毎営業日12億円が継続的に入る設備・人材投資ETFの合計240億円を含めた購入額は合計8676億円となり、2010年の買い入れ開始以来、月間ベースで最高だった3月の8333億円を上回った。」[11]。 10月の日銀のETF買入状況は以下のようである。まず10月2日はこの月の最高値2万4271円であったが、ほぼ2週間後の15日には2000円安い2万2271円まで下落した。株価が下落し続けたこの2週間、日銀は6回合計4218億円(企業支援のETFを含めると4338億円)のETFを買い入れ、日銀マネーによる株式への人為的な需要を創出し、2日後の17日には、570円高の2万2841円に戻している。だが、翌日から日経平均株価は続落しはじめ、29日には1691円安の2万1150円と株安が進展したため、日銀は再び19日から29日までに6回合計4218億円(企業支援のETFを含めると4338億円)のETFを買い入れ、月末の31日には2万1920円に戻している(図1)。 このように、日銀は、株価下落の局面が訪れるたびに株価指数連動型のETFを買い入れ、株式市場に日銀マネーを供給し、株価を下支えしてきた。その結果、日銀は、18年11月10日現在、累計22兆4074億円のETFを保有している[12]。 世界を見わたしても、「ETFを政策目的で購入し、保有している中央銀行は日本銀行をおいて他に存在しない」[13]のだが、日銀による出口なきETF買入政策は、「株価連動内閣」と揶揄される第2次安倍政権下で株価対策のためフル回転してきたことになる。 市場関係者の間では、日銀は、GPIFとともに巨額の資金を株式市場に投入する「クジラ」[14]と呼称され、下げ相場の時の「クジラ買い」によって株価が回復する救世主とみなされている。株価が「下がったら日銀が買う」という安心感を与え、株式市場で上げ相場が形成されやすい環境が整備され、株高が演出される。
年金積立金を管理運用するGPIFの資産規模は、日米の株高の恩恵もあって18年9月末現在169兆8748億円に達している。このうち国内株式に43兆5646億円、米国株を中心にした外国株式に43兆6604億円が投資され、GPIFは世界で群を抜く最大の機関投資家になっている(表5)。 従来、国民年金・厚生年金・共済年金などの公的年金積立金は、2000年度まで郵便貯金とともにわが国の公的金融の担い手として当時の大蔵省資金運用部資金特別会計に義務預託され、国債金利に連動した利回りで安全に運用されていた。 だが、公的システムの中に封じ込められた郵貯や年金積立金といった日本の巨額の個人金融資産の運用を狙い、金融開国を迫るアメリカの対日圧力と国内の民間金融機関の圧力によって公的金融システムが破壊・民営化されてきた。日本の金融システムをアメリカ型金融システムに大転換する金融ビッグバンが終了した2001年度以降、年金積立金は内外の金融市場に解放され、価格変動リスクの高い株式などに投資されるようになった。2006年に設立されたGPIFは、国民の老後の生活資金である公的年金を管理しているので、その運用に当たっては安全性を最優先し、政府の発行する国債への運用に向けていた だが、安倍政権は、消費増税で冷え込んだ景気対策と株価対策のため、2014年10月、年金運用の構成比率を定める基本ポートフォリオを抜本的に変更した。国債中心の従来の運用から、民間企業の発行するリスクの高い株式への運用割合を倍増させ、12%(±6%)から25%(±9%)に拡大した(表6)。この変更により、年金積立金の国内外への株式投資額は倍増し、株式への巨額の需要が発生し、政権のもくろむ株高が実現した。 しかも、公的年金積立金が強力に株価を買え支えた企業のトップ10(表7)には、トヨタ・三菱UFJFG・三井住友FG・本田技研・NTT・ソフトバンク・ソニー・みずほFGといった巨大企業・金融機関が勢揃いしている。年金積立金は勤労所得からなる長期貯蓄性資金なので、これらの巨大企業・金融機関は、長期にわたる安定株主をえたことになる。
GPIFの株式への運用は、民間の信託銀行や投資顧問会社に手数料を支払い、投資一任契約のもとで行われている。 GPIFは信託銀行・投資顧問会社に487億円〔17年度〕の管理運用委託手数料を支払っている。投資一任契約は、年金の運用に当たり、GPIFの利益よりも担当者が所属する信託銀行・投資顧問会社の運用方針を優先することになりかねず、自社が関係を持つグループの親会社や企業の株式への運用を優先する余地が発生する。購入する株式銘柄も一任されているので、クラスター爆弾をつくる米国企業テキストロン社の株式をGPIFが保有するといった問題も発生したが、投資を一任した厚生労働省は個別株への投資については指示しないで放置している[15]。 年金運用のあり方そのものについても、民間エコノミストは、「「どれくらいのリスクに対して、どれくらいの利回りを目指すのか」という説明と合意がなされた形跡がない。これは、民主主義の下での年金運用にあるべき原則を大きく逸脱している。」[16]と批判している。 株価暴落にともなう損失が一方的に国民に転嫁される事態を回避するためにも、GPIFには十分な説明責任が求められるだけでなく、年金積立金は国民の財産なので、年間事業計画、予算、年次報告などについては逐次国会に報告し、承認を得るチェック体制が不可欠である。
金融資産として大量の株式を保有する大企業・金融機関・内外の投資家・富裕層には、異次元金融緩和政策下の官製バブルで株価が2倍以上に高くなったことなどから、巨額の株式含み益や売却益をもたらしている。株高によって、大企業や金融機関は、仮に本業が不振であっても、効率的な時価発行増資、敵対的な企業買収の防止などのメリットに加えて、資産価格を倍増させた保有株の一部を売却すれば、その売却益で赤字部分を穴埋めし、好決算を達成できる。富裕層も株式の売却益で高額商品を購入する。 株高の恩恵を最大限享受したのは、海外投資家と大企業である。それは日本の株式保有構造に表れている(図2)。2012年度から17年度にかけての株式保有比率と金額を見ると、海外投資家(外国法人等)は、28%・106兆円から30・3%・202兆円へ増大させ、金融資産としての株式を倍増させている。次いで日本企業(事業法人等)も、21・7%・82兆円から21・9%・146兆円へと、同じように株式資産を倍増させている。 だが、株高の恩恵を享受しているのは、多数の中小零細企業でなく、内部留保金446兆円の一部を株式投資に回した資本金10億円以上の大企業である。株式の官製バブルは、潤沢な内部留保金・投資マネーを持つ大企業の各種の金融ビジネスを活性化させ、2017年度の金融利益は2兆854億円と10年前の4・4倍となった[17]。 家計部門(個人等)の株式保有比率・金額を見ると、20・2%・76兆円から17%・113兆円であり、比率は低下させているが、株高を反映して金額は増大させている。野村総合研究所によれば、純金融資産を1億円以上保有する富裕層の株式を含む全体の金融資産は、2011年から2015年にかけ188兆円から272兆円へ1・4倍に増大している[18]。 その一方で、貯蓄を持たず不安な生活を強いられる貯蓄ゼロ世帯の割合は、26%から31%に増大し、日本の経済社会で持てる者と持たざる者との格差と分断が拡大している。 低賃金と働く貧困層が放置され、増税と各種社会保険負担が増えたために、かつての「1億総中流」意識の国は、いまやOECD35カ国の中でもメキシコ・トルコ・チリ・アメリカなどとともにトップクラスの「貧困・格差大国」に転落している。
市場で売買される株式や国債は、それ自体実体的価値を持たない単なる収益請求権証券であり[19]、その価格は、実体経済や金融市場の動向、国庫の資金繰り状況などだけでなく、国際情勢など予測不能な要因によって変動する。 日銀やGPIFが株式や国債を保有すると、価格変動によって、資産価値も増減する。価格の下落幅が購入価格を下回れば、損失が発生する。株式や国債の発行元が倒産したり、財政破綻すると、投資した元本自体が回収できなくなる信用リスクにさらされ、株式や国債はいわばなんの値打ちもない紙くずになってしまう。 したがって、株式や国債を保有すると、いつ発生するのかわからない価格変動リスクや信用リスクという「時限爆弾」を抱えることになる。民間投資家はそれを周知で株式投資や国債投資を行っているが、中央銀行や国民の公的年金積立金となると、問題の深刻度は次元を異にする。 とくに最近の日本の国債や株式の売買市場の主役は逃げ足のはやい海外投資家であり、60〜70%のシェアを占める。しかも売買の速度が1秒の1000分の1といった超高速のコンピュータ売買であり、短時間にまるでトランポリンのように価格が乱高下する市場に変容している。 日銀は異次元金融緩和政策を担い国債を大規模に買い入れてきたので、すでに戦後の国債発行残高の4割を超える470兆円(18年11月)ほどの国債を保有している。国債価格の下落(=金利上昇)は、日銀に巨額の損失を発生させ、日銀信用を毀損し、急激な円安・物価高をもたらし、国民生活を破壊する。とくにカロリーベースで6割を輸入に依存する食料の価格上昇は深刻である。日銀の国庫納付金の減額はそれだけ国民の財政負担を増大させる。また国債金利の上昇は国債利払い費を増大させ、財政を圧迫し、国民の財政負担を増大させる。財務省試算では、1%の金利上昇は、2020年度の国債利払い負担を3兆7000億円ほど増大させる[20]。 株価が下落すればGPIFが金融資産として保有する株式の資産価値は減価し、GPIFは損失を抱え込む。年金積立金を株式相場に任せると、国民の老後の生活費が株式市場の泡となってなくなることを意味する。 最近のような世界同時株安となれば、GPIFが保有するほぼ87兆円の内外の株式も価格変動リスクにさらされる。2008年のリーマン・ショックでは世界の株価はほぼ半値近くになったので、もしそのような事態になればGPIFは株式に投資された87兆円の半額にあたる40数兆円の年金積立金を内外の株式市場で失うことになる。
[1]内閣府・財務省・日本銀行「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について(共同声明)」2013年1月22日、またGPIFを所管するのは厚生労働省である。 [2] 現代日本バブルの実態は、藤田知也『日銀バブルが日本を蝕む』(文春新書、2018年10月)などを参照されたい。 [3] 「国家が負債に陥ることは、むしろ直接の利益になった。国庫の赤字、これこそまさに彼らの投機の本来の対象であって、彼らの致富の主源泉であった」(マルクス『フランスにおける階級闘争』大月書店・国民文庫、1960年、33ページ)。 [4] より詳しくは拙稿「財政ファイナンス・日銀トレードと国債ビジネス」『政經研究』111号、2018年12月、を参照されたい。 [5] アベノミクスが始動して早々の13年9月、安倍首相はニューヨーク証券取引所など海外で「Japan is back」「Buy my Abenomics」などと強力な売り込みと日本投資をよびかけていた(『毎日新聞』2018年9月13日)。 [6] ロイターニュース、2015年9月4日。https://jp.reuters.com/article/tokyo-stock-abe-idJPKCN0R40O220150904 [7] https://www.jpx.co.jp/markets/statistics-equities/mi(sc/02.html http://jp.reuters.com/article/column-forexforum-yoji-saito-idJPKCN1BV06W [9] 『毎日新聞』2010年12月16日。 [10] https://nikkeiyosoku.com/boj_etf/ [12] 日銀「営業毎旬報告」http://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/acmai/release/2018/ac181110.htm/ [13] 原田喜美枝「日本のETF市場の特徴」『証券アナリストジャーナル』Vol.55 No.1 , Jan.2017年、11ページ。 [14]『日本経済新聞』2015年5月28日。 [15] 『朝日新聞』2017年4月8日。 [16] 山崎元「公的年金運用問題の「裸の王様」は厚労省だ」『Diamond online』2015年3月18日。 [17]『日本経済新聞』2018年9月1日。 [18]野村総合研究所「News Release 日本の富裕層は122万世帯、純金融資産総額は272兆円」2016年11月28日。 [19] マルクス『資本論』は、「これらの証券が表している資本の貨幣価値は、その証券が確実な収益にたいする支払指図券(国債証券の場合)であるか、または現実の資本の所有権証書(株式の場合)である場合でさえも、全く架空なもの・・・単なる収益請求権・・・」(第3巻第5篇、大月書店、国民文庫(7)273〜274ページ、新日本新書版十一、811〜812ページ)と指摘する。 [20] 『日本経済新聞』電子版2017年1月25日。はじめに
1 日銀の国債買入と活発化するビジネス
(1)財政ファイナンスと国債ビジネス
(2)日銀トレードと付利で稼ぐ大手金融機関
2 日銀のETF買入と株価対策
(1)株価を2倍に吊り上げた政権
(2)株価の下落局面に集中するETF買入
3 世界最大のGPIFの株式運用
(1)2倍に拡大された株式運用割合
(2)無責任体制と不透明性
4 格差拡大と異次元リスクーまとめにかえて
(1)株高の恩恵は海外投資家・大企業・富裕層へ
(2)異次元リスクの「時限爆弾」
(注)
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[8]コラム:日本経済「ミニバブル」崩壊リスク」2017年9月20日
[11]長谷川敏郎、氏兼敬子「日銀ETF買い、10月は月間で過去最高ー6兆円上回るペース」2018年10月30日、https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-10-30/PHE0MV6S972C01?srnd=cojp-v2